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大阪高等裁判所 平成4年(う)270号 判決

国籍

中国(台湾 台中県東勢鎭下城里七番地)

住居

兵庫県芦屋市岩園町二五番一二号

ゴルフ練習場経営

巫阿渕

一九二一年四月二四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成四年二月二〇日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

検察官 三浦幸紀 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人村上幸太郎作成の控訴趣意書、控訴趣意補充書および弁護人豊島時夫作成の控訴趣意書ならびに右弁護人両名共同作成の意見書、弁護人村上幸太郎作成の意見書、弁護人豊島時夫作成の検察官の意見に対する反論書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官作成の答弁書および意見書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は要するに、原判決は、被告人が、ゴルフ練習場等を営むかたわら、株式取引を行っているところ、自己の所得税を免れようと企て、昭和六一年ないし六三年分の各所得につき、株式の継続的取引による雑所得の全部を除外するなどの不正の行為により、所得の一部を秘匿して(被告人の総所得の内訳および実際額、申告額、ほ脱額は、別紙所得目録記載のとおり)、所轄税務署長に対し内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、昭和六一年分については六四七二万七四〇〇円の、昭和六二年分については二億七五八二万五六〇〇円の、昭和六三年分については八一一九万三九〇〇円の各所得税を免れた旨の事実を認定したが、被告人は、ゴルフ練習場のほかにも駐車場を経営しており、原判決が認定した別紙所得目録記載の所得のほかにも、駐車場収入による不動産所得を有しているものであるが、ゴルフ練習場および駐車場に使用している土地のうち別紙土地目録記載の土地(以下、本件土地という)については、千葉喜代が所有者として登記されていて、千葉から被告人に対し、土地明渡と賃料相当損害金の支払いを求める訴えが提起され、現在係争中であり、既に別訴において、本件土地が千葉の所有であることは確定されているから、被告人は、右土地明渡等請求事件において敗訴し、賃料相当損害金を支払わざるをえなくなることが確実であるところ、右損害金は、実質的には本件土地の地代であるから、売上原価と同視すべきであり、かつ、その額は、十分算出可能であって、右事件の判決を待たなくても、各年度において確定しており、仮に確定していないとしても、見積評価して必要経費に計上し、被告人の各年度の総所得金額から控除すべきであるのに、原判決が、被告人の千葉に対する賃料相当損害金債務は確定しておらず、見積評価して必要経費に計上すべきであるとも解されないし、その額を適正に見積もることも困難である旨認定判断して、右債務額を被告人の総所得額から控除せず、被告人が前記のとおり所得税を免れた旨認定したのは、事実を誤認したものである。また、所得税ほ脱の犯罪事実を認定するにあたっては、免脱した所得税額を認定することが必要であるというのが判例(最高裁判所昭和三七年(あ)第一五五七号、昭和三八年一二月一二日第一小法廷判決高裁判所刑事判例集一七巻一二号二四六〇頁)であるところ、預かり金として計上されている昭和六一年ないし六三年分の駐車場収入を不動産所得として計上し、他方、賃料相当損害金のうち駐車場用地分を不動産所得の必要経費に、ゴルフ練習場用地分を事業所得の必要経費にそれぞれ算入すると、被告人の右各年度の不動産所得は損失となり、事業所得も減少することは明白であるから、被告人のほ脱税額を算定するためには、右各収支も含めて計算すべきであるが、右計算は、賃料相当損害金債務の額も含めて検察官において立証すべきものであるにもかかわらず、検察官は、捜査段階において豊島弁護人に対し、右各収支を計算しない旨明言して、正当な所得金額を計算しない金額で本件公訴を提起し、公判段階でも右計算をしない旨言明して、原審の審理が開始されたことにかんがみると、裁判所は、敢えて職権をもって、不動産所得や必要経費に算入すべき賃料相当損害金債務の額を計算すべきではなく、従って、本件では、右金額が具体的に認定できず、課税総所得金額も所得税額も、ひいてはほ脱税額も算定できないことになるから、結局、本件公訴事実については有罪の判決をすることができないにもかかわらず、原判決は、前記のとおり認定したのであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、以下に説示するとおり、原判決が、本件土地についての賃料相当損害金債務を必要経費と認定せず、被告人が前記のとおり所得税を免れた旨認定したのは、結局正当であって、原判決に所論の事実誤認はない。

関係証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

本件土地については、昭和三二年五月一〇日、神崎土地振興株式会社(以下、神崎土地という)へ所有権移転登記がなされ、更に、同年一〇月一〇日、千葉(登記簿上の名称は張清子)へ同年六月一日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記がなされたところ、千葉は、昭和四四年一〇月二七日、大阪地方裁判所に、神崎土地を被告として、本件土地につき仮登記に基づく本登記手続を求める訴えを提起し、同裁判所は、昭和五一年二月二六日、千葉は神崎土地に対し、右仮登記に基づく本登記手続を求める権利を有する旨判示して、千葉の請求を認容する旨の判決をした。これに対し、神崎土地は、大阪高等裁判所へ控訴したが、同裁判所は、昭和五五年一〇月二三日、本件土地につき千葉が所有権を有する旨認定して、控訴を棄却した。神崎土地は、更に最高裁判所へ上告したが、昭和五七年二月九日の上告棄却の判決により、本件土地につき千葉への所有権移転登記手続を命じた右判決が確定した。そして、千葉は、この確定判決に基づき、本件土地につき所有権移転登記を経由した。

被告人は、昭和三四年四月七日、神崎土地の代表取締役に就任し、一時、取締役解任登記がなされたものの、昭和四五年九月一四日に代表取締役回復登記を経由し、神崎土地の代表者として右訴訟を遂行した。被告人は、右訴訟係属中から本件土地を占有しており、右判決確定後も現在に至るまで右占有を継続し、本件土地のうち、別紙土地目録〈1〉の土地を被告人経営のゴルフ練習場の用地の一部として使用し、その余の土地を被告人経営の駐車場の用地として使用している。

そこで、千葉は、昭和五七年六月一〇日、神戸地方裁判所尼崎支部に、被告人に対し、所有権に基づき本件土地の明渡と、本件土地の不法占有による昭和三二年一〇月一〇日から右明渡ずみまでの賃料相当損害金の支払いを求める訴えを提起した。同訴訟において、千葉が請求している賃料相当損害金のうち昭和五七年四月一日以降分の金額は、別紙損害金目録記載のとおりである。右土地明渡等請求事件において、被告人は、千葉の請求を全面的に争い、同事件は、現在なお同裁判所に係属している。

この間、被告人の友人である高橋利雄は、被告人から相談を受けたことから、神崎土地の代表取締役になり、同会社を代表して、右所有権移転登記手続請求事件につき、被告人が、代表権を有しないにもかかわらず訴訟を遂行したと主張して、昭和五九年一一月一〇日、大阪高等裁判所に再審の訴えを提起し、昭和六二年一〇月二七日、右再審の訴えを却下され、更に上告したが、最高裁判所は、平成二年二月六日、上告を棄却する旨の判決をした。

なお、被告人は、昭和五八年分の所得税確定申告までは、右駐車場からの収入を不動産所得として計上していたが、右所有権移転登記手続請求事件の判決が確定した後である昭和五九年以降の分の駐車場収入については、その収入額以上の賃料相当損害金を千葉に支払わなければならないという理由から、預かり金として会計処理し、所得税確定申告にあたり不動産所得として計上していない。

そこで、まず、右土地明渡等請求事件において千葉が請求している賃料相当損害金が必要経費である旨の主張について検討するに、右賃料相当損害金は、被告人が、本件土地を不法占有することによって、千葉の所有権を侵害したことに対し支払われるものであり、かつ、被告人と千葉とは、本件土地につき賃貸借契約を結んでいたものではないから、土地賃貸借契約終了後、それまでの賃料債務が損害金債務になった場合と異なり、不法行為に基づく損害賠償金にほかならない。そして、被告人が、神崎土地を代表して千葉との間の前記訴訟を遂行し、かつ、その判決確定後は、駐車場収入を、預かり金として会計処理し、所得税確定申告において不動産所得に計上していないことに照らすと、被告人は、千葉との間の土地明渡等請求事件を争ってはいるものの、神崎土地と千葉との間の前記所有権移転登記手続請求事件の判決確定後は、本件土地につき千葉が所有権を有することを知っていたことが明らかであり、それにもかかわらず本件土地を占有していたのであるから、右判決確定後は、本件土地に対する千葉の所有権を故意に侵害したと認定することができる。そうであれば、所得税法四五条一項七号、同法施行令九八条は、不動産所得の金額または事業所得の金額の計算上、これらの所得を生ずべき業務に関連して、故意または重大な過失によって他人の権利を侵害したことにより支払う損害賠償金は、必要経費に算入しない旨規定しているのであるから、所論の賃料相当損害金は、被告人の事業所得および不動産所得の各金額を計算するにつき必要経費に算入することができないというべきである。この点について、村上弁護人は、本件土地の賃料相当損害金は、売買契約の債務不履行を原因とする損害金と構成することも可能である旨主張するのであるが、関係証拠から認められる被告人と千葉またはその夫との間の紛争経過や、被告人が、千葉またはその夫との間で本件土地を含む土地の売買契約を結んだことを争っていることなどに照らすと、同弁護人主張のような構成が妥当であるかは疑問であり、右賃料相当損害金は、被告人が故意に千葉の土地所有権を侵害したことに基づく損害賠償金であるから、前記法条所定の必要経費に算入することができない損害賠償金に該当する。

所論は、千葉が請求している賃料相当損害金は、実質的には本件土地の地代であるから、必要経費である旨主張するところ、仮に、千葉が右賃料相当損害金の支払いを受ければ、税務当局は、これを本件土地の地代収入とみて不動産所得として課税することが推認でき、そうであれば、被告人が、千葉に対し本件土地の地代を支払ったのと同じ結果になることは、所論指摘のとおりである。しかし、それは、被告人が損害賠償金を支払えば、千葉にとっては、地代収入を得たのと同じ効果があるというだけのことであって、そのことにより、右賃料相当損害金が、故意によって他人の権利を侵害したことにより支払う損害賠償金としての性質を失うものではないから、被告人の事業所得および不動産所得の必要経費として、控除の対象になるということはできないというべきである。また、必要経費とは、所得を得るために必要な支出のことであり、ある支出が、必要経費として控除されるためには、それが当該業務活動と関連をもち、業務遂行上必要な費用であることを要するところ、所得を得るための業務上必要な経費であるから、それは、修理費等予想外の支出や、採算を度外視して支出すべき経営上の必要が認められる費用である場合等を除き、通常の場合は、当該業務計画のうえで、予測される収入よりも低額に見積もられているものである。特に、地代のように、通常は契約に基づいて定められる経常的な費用については、その費用を上回る収入を見込むからこそ支出されるのであって、経常的な費用が収入を大きく上回ることが前もって分かっており、採算を度外視してまで当該業務を行う必要性が存しないにもかかわらず、支出よりもはるかに低額な収入を得るための経費として支出するというのは、およそ客観的にみて収入を得るために必要な費用であるということはできないというべきである。これを本件についてみると、駐車場として使用されている土地の賃料相当損害金は、月額が別紙損害金目録の番号2ないし5記載の賃料相当損害金の合計である六八七万三四四〇円であり、年額では八二四八万一二八〇円であるのに対し、関係証拠によれば、駐車場から得られる収入は、昭和六一年が二三九七万九五五〇円、昭和六二年が二七一二万五四五〇円、昭和六三年が三一二四万八〇〇〇円であることが認められるから、賃料相当損害金は、駐車場収入を五一二三万三二八〇円(昭和六三年)ないし五八五〇万一七三〇円(昭和六一年)も上回り、駐車場収入の約二・六倍(昭和六三年)ないし三・四倍(昭和六一年)に及んでいるのであって、客観的にみて駐車場収入を得るために必要な経費であるということは到底できない。

従って、右賃料相当損害金は、ゴルフ練習場および駐車場経営のための必要経費であるということはできない。

また、豊島弁護人は、所得税法基本通達三七-二の二、四五-六ないし八等を根拠に、所得税法四五条一項七号、同法施行令九八条は、交通事故等他人に危害を及ぼす危険性のある業務執行の際の加害行為による損害賠償に関する規定である旨主張するのであるが、必要経費に算入されない損害賠償金の原因となる不法行為について、所得税法および同法施行令は、何らの制限を設けていないのであるから、同法四五条一項七号、同法施行令九八条は、その文理に照らし、所論のように制限的な規定であると解することはできないし、そう解しなければならない理由もみあたらない。

なお、豊島弁護人は、被告人の本件土地占有は、駐車場業務開始前から合法的になされていたところ、その後の法的見解の相違により、不法占有とされるに至ったのであるから、被告人は、不動産所得を生ずべき業務に関連して、本件土地を不法に占有し千葉の権利を侵害したものではなく、従って、千葉が請求する賃料相当損害金は必要経費に算入すべきである旨主張するのであるが、被告人による本件土地の占有が、不動産所得を生ずべき業務に関連してなされたものでないとすれば、そのような業務遂行と関連性のない行為を原因とする支出は、当然、当該業務の必要経費とならないのであるから、右主張は、それ自体矛盾しており失当である。

更に、村上弁護人は、検察官は、本件土地の賃料相当損害金が、不法行為による損害賠償金であるから必要経費に算入できない旨の主張を、原審においては全く行わず、控訴審において初めて主張したものであるが、このような新たな主張は、時期に遅れたものであり、被告人の防御権を侵害するものであって許されない旨主張するところ、記録によれば、原審においては、右賃料相当損害金が、所得税法四五条一項七号、同法施行令九八条に該当するか否かについて議論された形跡は窺われない。しかし、右は法令の解釈の問題であって、裁判所は、当事者の主張の有無にかかわらず、その正当と考えるところに従い、法令を解釈適用すべきであるから、これに関し、検察官が、法令の解釈についてその見解を表明するについて、所論の制約はないというべきである。しかも、記録によれば、原審においても、本件土地の賃料相当損害金が、不法占有を理由とする損害賠償金であるのか、実質的な地代であるのかということは争点となっていたことが認められ、かつ、被告人が、本件土地については千葉が所有者とされており、それを争う余地はないことを知っていながら、本件土地を占有していたことは、原審の当初から、被告人において積極的に自認し、弁護人においても、それを前提として弁護活動をしていたものであるから、検察官は、当審において新たな事実を主張したものではなく、かつ、右法令の条項に関する検察官の意見に対して、各弁護人が、当審において十分に意見を述べていることを併せ考えると、検察官が右意見を述べたことにより、被告人の防御権が侵害されたとも認められない。従って、当裁判所が、本件土地の賃料相当損害金が、所得税法四五条一項七号、同法施行令九八条の規定により必要経費に算入することができないと判断することは、何ら妨げられるものではない。

次に、被告人のほ脱税額を算定するためには、駐車場収入および賃料相当損害金も含めて被告人の所得税額を計算すべきであるにもかかわらず、本件では、右金額が具体的に認定できず、課税総所得金額も所得税額も、ひいてはほ脱税額も算定できないから、本件公訴事実については有罪の判決をすることができない旨の主張について検討するに、本件土地の賃料相当損害金については、必要経費として計算すべきでないことは前記のとおりであるが、駐車場収入については、明らかに不動産所得であるから、これを預かり金として処理するのは相当でなく、被告人の所得税額は、所論指摘のとおり、総所得金額を駐車場収入も含めて算定したうえで計算すべきである。しかし、被告人は、昭和五九年分以降の所得税確定申告においては、それまで不動産所得として計上していた駐車場収入を、預かり金として処理し、不動産所得として計上していないところ、関係証拠によれば、税務当局は、被告人が、駐車場を経営し、現実に駐車場収入を得ているにもかかわらず、それまで不動産所得として申告していた駐車場収入を、所得として申告しなくなったことを知っていながら、被告人に対し修正申告を求めるなどの是正措置を講じず、駐車場収入を預かり金として処理するのを黙認しており、被告人も、右のような処理をすることを税務当局から事実上容認されていたことから、駐車場収入を不動産所得として申告しなくとも、それに対する所得税を不正に免れたことにはならないと考えていたことが窺われることを考慮すると、被告人が、駐車場収入に対する所得税までも不正行為により免れようという犯意を有していたということを証明することは困難であり、ひいては駐車場収入に対する所得税を不正行為により免れたということを証明することも困難であるというべきである。たしかに、所得税ほ脱の犯罪事実を認定するにあたっては、ほ脱の犯意やほ脱行為にとどまらず、その行為により履行を免れた所得税額をも認定することを要するというのが判例であることは所論のとおりであるが、所論引用の判例は、ほ脱の犯意のもとに不正の行為により免れた所得税については、その額を認定すべきであるという趣旨に解するのが相当であり、ほ脱の犯意が証明できず、ひいては不正の行為により免れたということも証明できない所得税の額についてまで認定して判示すべきであるという趣旨には解されないところ、本件において、被告人につきほ脱の犯意が認められるのは、原判決が認定した所得税額についてのみであるから、ほ脱税額は、認定判示されているというべきである。従って、本件公訴事実について有罪の判決をするにつき何の支障も存しない。また、所論引用の判例は、原判決に、ほ脱にかかる所得税額を判示していない理由不備のほか、被告人の所得金額が、その確定申告書に記載された所得金額よりも少額であるかもしれず、被告人にとって有利な金額であることを疑い得る余地があるにもかかわらず、その認定が不明確であり、そのような認定にとどまった点において、審理不尽の違法もある場合に関するものであるところ、本件においては、被告人の所得金額が、被告人が確定申告書に記載した所得金額よりも少額であることを疑う余地は全く存しないのであるから、駐車場収入を不動産所得として、原判決認定の被告人の所得金額に加算したうえで、その所得税額を算定しなくとも、被告人に何の不利益も与えないことを併せ考えると、本件では、ほ脱にかかる所得税額が算定できないから、有罪の判決をすることができない旨の主張は採用できない。

事実誤認に関する所論のうち、その余の主張は、いずれも、千葉請求の賃料相当損害金が、実質的には本件土地の地代であって、被告人の事業所得および不動産所得の必要経費であることを前提として、原判決を論難するものであるから、その主張内容について判断するまでもなく理由がない。

以上説示したとおり、本件土地の賃料相当損害金を必要経費に算入することはできないところ、原判決は、右賃料相当損害金が、所得税法に規定する必要経費に算入できない損害賠償金であるか否かについて判断せず、賃料相当損害金債務が確定しておらず、その額を見積評価すべきであるとも解されないし、適正に見積評価することも困難である旨判示して、前記のとおり被告人の所得税ほ脱の事実を認定したのであるが、その結論は結局正当であるから、原判決に所論の事実誤認はない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

論旨は要するに、原判決は、判示各罪の罰金刑につき、犯行当時の所得税法により算定したほ脱税額をもとにして、同法二三八条二項を適用しているが、昭和六三年法律第一〇九号所得税法等の一部を改正する法律(以下、改正法という)により、株式等の売却益については源泉分離課税制度と申告分離課税制度とを選択できることになり、源泉分離課税制度によるときは、所得税を証券会社が源泉徴収することにより、納税者の納税義務は終了し、他方、申告分離課税制度によるときは、所得税確定申告をする際、株式売買の利益を他の所得と合算する必要がなくなったことから、個人納税者の場合、株式等の売買で利益を生じているときは、ほとんどの者が有利な源泉分離課税制度による旨届け出ることから、脱税の余地がなくなったうえ、改正法の適用を受ける平成元年四月一日以降は、それまで、株式等の取引により得た利益を、雑所得として他の所得とともに総合課税されていた納税者の納税額は、従前と比較して大幅に減少することになったところ、所得税法二三八条二項は、ほ脱税額が五〇〇万円を超える場合の罰金刑の額を、ほ脱税額に相当する金額以下とすることができる旨定めているから、右改正により罰金額算定の基礎となる税額が変更されたことになり、これは刑法六条にいう刑の変更があった場合にあたるところ、改正法には所得税法の罰則適用についての経過規定がおかれていないから、原判決が、同法二三八条二項を適用するにあたっては、刑法六条を適用しなければならないにもかかわらず、これを適用しなかったのは、法令の解釈適用を誤り、ひいては憲法三一条に違反したものであって、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

そこで検討するに、改正法によれば、本件各犯行のほ脱税額が、犯行当時の所得税法によるほ脱税額よりも減少することは、所論のとおりであるが、改正法の附則二条によれば、改正法による改正後の所得税法の規定は、昭和六四年(平成元年)分以後の所得税について適用し、昭和六三年分以前の所得税については、なお従前の例によるとされており、また、改正法により株式等の譲渡所得等の課税について設けられた租税特別措置法三七条の一〇(株式等に係る譲渡所得等の課税の特例)および三七条の一一(上場株式等に係る譲渡所得等の源泉分離選択課税)の規定も、昭和六四年(平成元年)四月一日以後の取引に関してのものであるから、本件各犯行年分の所得税額の算定は、改正法による改正前の所得税法によることになり、本件では、所得税法二三八条二項の適用において、所論のいう刑の変更の問題は生じないのであって、原判決に所論のいうような法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は要するに、被告人を懲役二年および罰金九〇〇〇万円に処し、四年間懲役刑の執行を猶予した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、本件は、三年間にわたって所得税を免れたという事案であるところ、被告人が免れた所得税額は、三年間で合計四億二一七四万六九〇〇円にも達し、まことに多額であること、そのほ脱率も、昭和六一年が九二・一パーセント、昭和六二年が九六・三パーセント、昭和六三年が八五・九パーセントであり、三年間の合計額では九三・五パーセントと高率であること、被告人が、本件ほ脱にかかる所得税、重加算税および延滞税を全く納付していないこと、動機に酌量すべき点がないこと、脱税事犯は、国家財政の基盤である税収の確保を阻害するばかりか、納税者に対し、税負担の不公平感を抱かせ、納税意欲を減退させるものであることなどに照らすと、本件の犯情は悪質であり、被告人の責任は重いというべきである。

所論は、前記法改正により、平成元年四月一日以降は、株式等の取引により利益を得た納税者の納税額が、従前と比較して大幅に減少することとなったことを量刑にあたり考慮すべきである旨主張するところ、たしかに、前記法改正により税額が大幅に減少したことは所論指摘のとおりであるが、本件犯行当時被告人が負担すべき税額は、原判決認定のとおりであり、被告人の右税額を納付する義務は、右法改正により影響されるものでないことや、その後の法改正により税額が減少したことを過大に斟酌することは、本件犯行当時、正直に納税した者の不公平感を募らせることになることを考慮すると、右法改正がなされたことを、被告人に特段に有利な事情として考慮するのは相当でないというべきである。

従って、被告人が反省していること、被告人がこれまで地域社会に貢献してきたことなど、所論指摘の被告人のために酌むべき情状を十分考慮しても、原判決の量刑は、刑期、金額および執行猶予期間のいずれにおいても重過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 米田俊昭 裁判官 楢崎康英)

所得目録

昭和61年

〈省略〉

昭和62年

〈省略〉

昭和63年

〈省略〉

土地目録

〈1〉 尼崎市戸ノ内町三丁目六五七番一六

宅地 三六四・〇〇平方メートル

〈2〉 同所七一五番二

宅地 一〇〇・七六平方メートル

〈3〉 同所七三八番一五

宅地 四六六・〇一平方メートル

〈4〉 同所七五六番二一

宅地 六七九・八六平方メートル

〈5〉 尼崎市戸ノ内町六丁目七九二番六九

宅地 一二八五・四二平方メートル

〈6〉 尼崎市戸ノ内町六丁目八〇三番二三

宅地 一〇二〇・三三平方メートル

〈7〉 同所八一五番三〇

宅地 七八・四四平方メートル

〈8〉 同所七九二番七二

宅地 三五〇・二八平方メートル

〈9〉 同所七七一番一一

宅地 六〇〇・〇三平方メートル

〈10〉 同所七九二番四三

宅地 七二四・二九平方メートル

〈11〉 同所八〇三番一八

宅地 四一七七・二二平方メートル

損害金目録

〈省略〉

平成四年(う)第二七〇号

控訴趣意書

被告人 巫阿渕

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は次のとおりです。

平成四年七月 日

右被告人弁護人

(主任)弁護士 村上幸太郎

大阪高等裁判所第六刑事部 御中

原判決は、所得税法第三七条一項の解釈若しくは刑事裁判の法理を誤った結果、必要経費に算入すべき債務を、必要経費に算入しなかった事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原審における本件の主な争点は、被告人の事業所得上及び不動産所得上の収入の基盤となっている土地の一部につき、千葉喜代から、所有権を理由に、土地の明渡しと共に地代相当損害金の支払いを訴求されているところ、その地代相当損害金債務が必要経費に算入されるべきかどうかにあり、そしてそれは、右損害金債務が確定しているか、どうか、一定の場合には確定していることを要しないかどうかにかかっている。

弁護人は、訴訟中ではあるが、右土地が千葉の所有であることは判決で確定されており、被告人が敗訴して地代相当損害金を支払うことになるのは、確実であり、そして損害金債務の額も十分算出することができるので、判決を待つことなく右債務は各年度において確定しているので経費に算入されるべきである。

そして、また、右損害金債務は、実質地代であり、売上原価と同視すべきものであるから、確定していなくとも、見積評価して経費に計上すべきである、と主張し、

検察官は、右損害金債務は、目下別訴で訴訟中で、被告人はこれを全面的に争っているので、確定判決を待たない限り確定しているとはいえない、と主張した。

これに対し原審裁判所は

本件土地の帰属については、別訴において裁判所の判断が示されてはいるものの、本件土地の不法占拠の事実の有無、賃料相当損害金支払義務の存否、その額等については、まさに係属中の訴訟において争われているのであり、被告人の千葉に対する賃料相当損害金債務は、本件の昭和六一年から六三年までの各年度を含め確定しているとはいえない。

また、そもそも右のような損害金が、確定していなくても見積評価して計上すべきであるとも解されないし、その額を適正に見積評価することも困難である。

右各損害金額は、右各年度における所得の計算上必要経費として算入すべきものではないと解するのが相当である。

と判示した。

本件地代相当損害金債務は、訴訟中であるので確定しているとはいえない、との原判決の意味は、所得税法第三七条一項は、一般的に、確定していない債務は必要経費に算入できない旨定めていると解されているところ、争訟中の債務は即同条にいう確定していない債務にあたるとの解釈によるものか、訴訟中の債務はその存否が不明であり、そのような債務は同条にいう確定していない債務にあたり、したがって必要経費に算入できないという意味なのか、さらには、争訟中の債務については、判決の確定を待たねば確定したとはいえない即ち債務確定の時期は判決確定の時であるとの法解釈によるものか必ずしも判然としないが、しかしながら右解釈は所得税法第三七条一項の債務の確定に関する解釈若しくは刑事裁判の法理を誤ったものである。

所得税法第三七条一項により、経費に算入できる債務というには、その年分の必要経費としての実体的要件を備えた債務であれば足り、争訟中でないことを要するものではない。

課税庁が所得税法の解釈運用の基準としている所得税法基本通達三七-二も、同法第三七条一項の債務の確定について、その年末までに、債務が成立していること、具体的な給付原因事実が発生していること、金額が合理的に算定できることの三つを債務が確定しているとするための要件として挙げている一方、訴訟中ではないことを債務の確定を妨げる要件として何らかかげてはいない。

即ち、同条に債務が確定していないというのは、右の要件の全部若しくは一部が欠けていることが必要で、本件では被告人の債務であることが定まっていないとか、被告人が本件係争土地を占有していないとか、合理的な金額の算定ができない等の事実の全部又は一つが存在する場合をいうのであって、訴訟中であれば、その債務はそれだけで直ちに確定していないものとして必要経費に算入できないとしたものでないことを右通達をもってしても明らかである。

原判決が、債務が確定しているかどうかを決するにため必要な実体的要件についての審理判断を何らしないまま、唯単に争訟中であることのみをもって直ちに本件地代相当損害金債務が確定していないものとしたのは、所得税法第三七条一項の解釈を誤ったものである。

次に原判決が、本件債務が訴訟中であるから確定していないので必要経費に算入できないとしたことの意味が、争訟中であるから本件債務の存否が不明であるので経費に算入できないという趣旨であるならば、それは結局、本件地代相当損害金債務の存否不明による不利益を、被告人に帰するものであるが、それは疑わしきは被告人の利益に、という刑事裁判の鉄則に反するもので違法である。

本件地代総合損害金債務が確定しているとされるときは、その額が必要経費に算入され、所得税法第六九条により損益通算される結果、その額だけ逋脱所得額が、ひいてそれに対応する逋脱税額が少なくなり、被告人の利益になること自明であり、そしてそのような損害金債務の不存在については、検察官に立証の責任があることも明らかである。

したがって、本件損害金債務の存否が不明のときは、これを必要経費に算入しなければならない理であるのに、これに反した原審の判断は、前記法理に照らし誤りである。

原判決の、訴訟中であるから債務は確定していないとの判示は、検察官の主張する如く、訴訟中の債務については、判決の確定を待たねば確定したとはいえない、即ち、訴訟中の債務の確定時期は民事の判決の確定した時であるとの法解釈に立っているものとも解されるが、これまた所得税法第三七条一項の解釈を誤ったものである。

法律はそれが適用される目的に最もよく適合するように解釈運用せられるべきものであって、所得税法第三七条一項の解釈運用も、刑罰権の存否範囲を確定することを目的とし、実体的真実主義、職権主義に基づく刑事裁判と、所得税の徴収を目的とし、能率主義、経済性の原則に支配される課税庁と、当事者間の権利義務の確定を目的とし、当事者主義による民事裁判とでは、自ずと異なるべく、刑事裁判と徴税行政と民事裁判とは、お互いに他を拘束するものではなく、その結果が相違しても何ら不合理ではない。

刑事裁判は、債務の確定の有無について、民事裁判の判断を待ったり、それに拘束されることなく、刑事裁判の本旨に適合するように自らその有無を判断しなければならない。

脱税犯に関する刑事判決は、当該犯罪に対する刑罰権の存否範囲を確定するだけで、課税権の存否範囲を確定する効力はないこと刑事訴訟の目的からみて極めて明白であり、行政庁の課税標準の認定を拘束するものではない。(福岡高裁昭和二六年(ネ)第七三四号、同二七年五月三〇日判決、高等裁判所民事判例集第五巻き六号二一五頁)

課税庁が課税標準を更正又は決定するについては必ずしも、刑事裁判の確定した逋脱税額に拘束せられるものではなく、課税庁のした更正又は決定の処分に対する民事裁判と刑事裁判が、課税標準額について一致しない場合を生ずることがあっても、両者はその目的も手段も異にする以上また巳むを得ないものといわねばならない(最高裁昭和二九年(オ)第二三六号、同三三年四月三〇日大法廷判決、最高裁判所民事判例集一二巻六号九三八頁)とすること判例である。

刑事裁判は、刑罰権の有無範囲を確定するものであり、そして、所得税逋脱犯における債務確定の意味は、債務が確定しているとされるときには、それが経費に算入され、それだけ課税所得額を減少させ、それに対応する所得税額を、ひいては逋脱税額を減少させることになり、その結果、当該確定債務に対応する所得税額が逋脱税額を超えるときは、逋脱犯の成立を否定することになり、また、それが逋脱額を超えないときでも、逋脱犯の成立する範囲をそれだけ縮小させることになる。

反対に、債務が確定していないとするときは、それを経費に算入することができず、ために、その分だけ課税所得額が増加し、その額に対応する分だけ所得税額が増加する結果、時に逋脱犯が成立し、あるいは少なくともその範囲を拡大することになる。

即ち、刑事裁判においては、債務の確定の如何は、逋脱犯の成立ないしその成立の範囲を左右する意味を持つのである。されば、そのような債務の確定の有無を決する要件事実や確定の方法、時期については、他の徴税庁や民事裁判におけるそれに捉われることなく、刑事裁判の本旨とする正義と公正の理念に適合するように解釈運用されねばならない。

しかして、収益は計上しても、そのため生じた費用は経費に算入しないということは、刑事裁判の公平の理念に反するものである。所謂費用収益対応の原則の如きは、債務の確定時期を決する上で、最も重要視されなければならない。

また、税務行政上では、債務の確定時期がずれても、後日その不利益を回復する方途がないではないが、刑事裁判においてはそのような道な全くないのみならず、その性質上後日回復できるものでもないことを十分考慮さるべきである。これを要するに刑事裁判においては、特に、債務の発生時期と確定時期とが一致するよう解釈運用されるべきである。

そして刑事裁判所は、犯罪の成否ないしその範囲を画する基となる事実の存否については、自ら直接に、その立場において、必要な全ての事実を審理判断すべきこと当然であって、本件逋脱犯の成否ないしその範囲を決するに不可缺な地代相当損害金債務が確定しているかどうかについても、刑事裁判の理念目的からして、それは当該年分の必要経費に算入すべきものであるかどうかの観点から、その実体に立入って自ら判断すべきであり、これを後日における民事裁判の結果に委ねるが如きことは到底是認されるところではない。

そもそも、民事裁判と刑事裁判とでは、その目的も、主張立証の責任の負担、必要とされる証明の程度等々その手段も異にするのであり、その結果も同じになるとは限らず、お互いに拘束力もないこと前記のとおりであり、そのうえ、後日に至って、民事裁判により債務が確定しても、最早やその結果を刑事裁判に反映せさる術もないのである。

債務の確定時期を民事裁判の確定時期とすることは、刑事裁判の本旨にもとるうえ、被告人に不当な刑事責任を負わせるものであり、許されるところではない。

なお、土地の増額賃料債権と賃料相当の損害賠償請求権(以下「賃料債権等」という)の確定時期につき、それが賃借人によって争われたときは、原則として民事裁判確定の時であるが、仮執行宣言付判決に基づき支払いを受けた金員は、その受領の日の属する年分の収入金額とすべきであるとする判例がある(最高裁判所昭和五〇年〔行ツ〕第一二三号同五三年二月二四日第二小法廷判決、最高裁判所民事判例集第三二巻第一号四三頁)が、右判例は本件地代相当損害金債務の確定時期ないし算入すべき年分についても重要な参考資料である。

右判例は、まず、所得税法は、現実の収入がなくても、収入の原因となる権利が確定した場合は、その時点で所得の実現があったものとして計算するという建前を採用しているものと解されるとしながら、権利が確定する時期はそれぞれの権利の特質を考慮し決定さるべきものであるとしたうえで、土地の賃料増額請求にかかる賃料債権等については、それが賃借人により争われている場合には、賃貸人である納税者に(未収である)増額賃料等に関し確定申告及び納税を強いることや、課税庁にその認定をさせることも相当でないから、などの理由をつけて、そのような場合は原則として、右債権の存在を認める裁判が確定した時にその権利が確定するものと解するのが相当である。とするものであって、右判例は、権利確定主義を原則としながら、それを厳密に適用すると納税者に対し、現実の収入はないのに、収入があった旨の申告及び納税を強いる苛酷な結果を招き、具体的妥当性を欠く場合には、権利確定主義を修正して納税者に苛酷な税負担をさせないように配慮したものであり、ついで、仮執行宣言付判決に基づき、現実に支払があった賃料等については、判決の確定を待たず、支払のあった年分の収入金額とするという、これまた、従来の判例に沿った経済性、具体的妥当性にしたがった判断をしたものであって、納税者に苛酷な納税を強いる結果となる解釈をすべきでないことは、債務の確定時期についても同様である。もし、債務(経費)の確定時期を確定判決の時とするときは、納税者は、収入を得るのになくてはならぬ経費があっても、確定判決があるまでは、経費がないものとして扱われ、その間差し引かるべきその経費に対応する税金をいわば余分に先払いの形で支払わねばならない苛酷な結果になる。前記判例の、納税者に苛酷な税を課してはならないとの趣旨を本件に適用すれば、たとえ債務が確定していないときにも、必要経費として認めるべきことになろう。

原判決が、本件地代相当損害金債務は争訟中であるから確定判決があるまでは確定しない、したがって必要経費に算入できないとしたものならば、前記最高裁判例の趣旨及び所得税法第三七条一項の解釈適用を誤ったものである。

以上の次第で、原審が、本件地代相当損害金債務について、訴訟中であることをもって確定していないものとし、経費に算入できないとしたのは、いずれの理由によるにしても誤りである。

しかして、債務の確定の有無は、債務が確定しているとされるために必要な実体的要件を備えているかどうかによって決せられるべきであること前記のとおりである。したがって、次に本件地代相当損害金債務が確定の要件を具備しているかどうかを検討しなければならない。

よって、本件記録に基づいて、被告人の千葉に対する地代相当損害金債務が各年末において、確定しているかどうかみてみるに、

被告人は、右損害金の支払いを求められている訴訟において、形式的にはこれを争っているものの、それは、該土地が、被告人の不本意とする敗訴によって千葉の所有に帰してしまったことに対する被告人の感情ないし意地からあえて争っているもので、その実は、千葉に対する損害金の支払いは巳むを得ないものとしているのであり、本件所為もその支払いに備えてのものであることは、芦田貢の平成二年五月二三日付質問てん末書問答六(記録六九八丁表)における供述、被告人の原審第三回公判廷における供述、同人の同年二月六日付質問てん末書(問答一七項)、検察官に対する同年一〇月三日付供述調書(一〇項)によって明らかである。

しかして、所得税基本通達三七-二は税法解釈上も社会通念上も妥当と思料されるところ、右通達によると本件地代相当損害金債務が確定しているとするためには(1)千葉に本件土地の所有権があること、(2)被告人が各年分にわたって右土地を占有使用していること、(3)被告人はその占有使用につき権限を有しないこと、(4)該土地を他に賃貸した場合の各年分における地代相当の金額が算定されているか、若しくは算定できること、及び(5)千葉が右損害金の支払いを求めていること、ならびに(6)右損害金の支払時期が年末において到来していることを要しよう。

よって検討するに、右(1)については、検察官原審証拠請求番号(以下「検」という)五七号査察官調査書中の本件土地に関する千葉と神崎土地振興株式会社間の各判決書の内容、及び本件土地全部が昭和五七年二月一九日付で千葉の所有名義に変更されていること(記録一四三二丁ないし一四五五丁、登記簿謄本)によって、本件土地が千葉の所有であることが明らかにされているし、(2)については、被告人が本件土地をゴルフ練習場用地及び駐車場用地として占有使用している事実は、被告人の原審第四回公判廷における供述、検察官に対する平成二年一〇月三日付供述調書等によって疑問の余地はない。(3)については、被告人が本件土地につき、これを適法に占有使用し得る権限を有していることを窺知するに足る証拠は何らなく、(4)の本件土地の地代相当損害金の額については、これが算定には専門家の鑑定によるのが一般であり、そしてそれが最も適切妥当な方法であるところ、右については神戸地方裁判所尼崎支部における千葉と被告人間の本件土地の明渡し及び地代相当額損害金請求事件において、裁判所から右土地の地代相当損害金の鑑定を命ぜられた鑑定人である不動産鑑定士小野三郎作成にかかる鑑定書(記録一三二四丁ないし一三七一丁)及び上申書(記録一三一七丁ないし一三二三丁)(以下「鑑定書等」という)が、既に昭和五八年に提出されていて、本件土地に対する各年分における地代相当損害金の額が明示されており、裁判所も右鑑定書等を援用した千葉の申請に基づいて、本件各年分を含む地代相当損害金債権の執行保全のため仮差押命令を発している事実が、右検五七号査察官調書中の平成元年一月二七日付仮差押決定書(記録一二一〇丁ないし一二一六丁)によって認められる。(5)については、右査察官調書中の千葉の被告人に対する訴状(記録一三七五丁ないし一三八一丁)、訴変更の申立書(同一三四七丁、一三七二丁ないし一三七四丁、但し一三四七丁は誤綴されていたため、丁数が離れているものである)等によって、千葉が被告人に対し、本件各年分の地代相当損害金として、右鑑定書等の示す額によって、これが支払いを求めている事実が明らかであり、そして(6)の本件地代相当損害金債務の履行期が各年末までに到来している点については、該債務は発生と同時に支払わねばならないものであること法解釈上明らかであるから特に証明を要しないところである。

以上によれば、本件地代相当損害金債務は確定しているとするに十分である。

もっとも、右地代相当損害金債務の額については、右鑑定は、昭和五八年四月になされたもので、その当時における地代決定の諸要件にもとづいて、同五七年四月一日現在においては月額六九九万四、五三〇円、これを年額に直すと八、三九三万四、三六〇円と算定されたものであるところ、その後、本件各年分までに三年余ないし五年余を経過しており、しかも、その間に、地代相当損害金の算定上最も大きな要因となる地価の著しい急騰があったことは公知の事実であり、同じく地代の要因となる公租公課もまた増額されており、したがって本件各年分における地代相当損害金の額は、前記鑑定結果よりはるかに多額となっていること明らかであるが、その具体的数額は例えば地価については財団法人日本不動産研究所発表の指数表を用いて(控訴審において立証予定)の鑑定などの方法により合理的に算定することができるし、そして千葉は、新しい地代相当損害金の額が判明し次第、請求を拡張してこれが支払いを求めることが必至であることは、同人の前掲訴変更申立書等によって明白である。してみると、本件地代相当損害金債務は、右により推認される増額された額において確定しているというべきである。

しかして、一方、被告人が本件各年分において、預り金に計上していたモータープール収入は被告人方より押収した資料により、同六一年分が二、三九七万九、五五〇円、同六二年分が二、七一二万五、四五〇円、同六三年分が、三、一二四万八〇〇〇円に過ぎないものであることは査察官及び検察官において承知していた(控訴審において立証予定)のであるから、右各年分の預り金を不動産所得の収入金額に計上し、他方右地代相当損害金中、モータープール用地分を同所得の必要経費に、ゴルフ練習場用地分を事業所得の必要経費に、それぞれ算入する(右各収入金額の計上は、所得税法三六条一項により、経費の計上は同法三七条一項によって義務づけられている)と、一見して不動産所得は損失となり、事業所得も減少することは明白であり、被告人の逋脱税額を算定するためには、右各収入を各所得金額計算に当って算入すべきであり、右各計算は損害金債務の額も含めて検察官において立証責任を負うべきものであるところ、査察官及び検察官は、いずれも捜査段階において弁護人豊島時夫から、右各収支を算定して正当所得金額を計算すべきである旨の強い要請を受けたにもかかわらず、右収支は計算しない旨を明言してこれを計算しない金額で被告人を起訴し、裁判開始前の事実上の準備である裁判所、検察官、弁護人の打合せにおいて、弁護人から右各収支を計算すれば、被告人を起訴できない年分もあったのに、これを計算しないで、あえて三年分を起訴したのであるから、禁反言の法則により公判での立証は不当である旨主張したところ、検察官も右収支の計算は公判段階においてもしない旨言明して原審における審理が開始され、よって、検察官は右各収支の主張、立証をしなかった。かかる場合、裁判所においては疑わしきは被告人の利益に、の法理にしたがって、職権により各年分の必要経費に算入すべき地代相当損害金債務の額を、これ以上ではあり得ないと認められる額によって認定することができるが、本件のように、前記経緯により検察官が審理前から、右地代相当損害金債務の額を計算せず、かつ、各所得計算上の必要経費に算入しない旨の態度を鮮明にしている以上、裁判所が当事者特に検察官の意向に反し、あえて職権をもって右金額を計算すべきではないと思料する。(昭和二八年(あ)第二三二四号、同三三年二月一三日第一小法廷判決最高裁判所刑事判例集第一二巻二号二一八頁)

したがって、本件では、右金額が具体的に認定できず、課税総所得金額も所得税額も、ひいては逋脱税額も算定できないことになるが、所得税逋脱罪の犯罪事実を認定するにあたっては、履行を免れた所得税額を認定することを要するとすること判例である(昭和三七年(あ)第一五五七号、同三八年一二月一二日第一小法廷判決最高裁判所刑事判例集第一七巻一二号二四六〇頁)から、本件公訴事実については結局有罪の判決をすることはできない理となる。

なお、原判決は、本件地代相当損害金債務につき、見積評価して必要経費として計上すべきではない、という。

しかしながら、実質売上原価に相当する本件地代相当損害金債務については、若しそれが確定していないとされるときは、見積評価して経費に計上すべきであり、その論拠については、相弁護人のそれを全て援用するほか、左の点を附言する。

本件地代相当損害金債務を経費に算入するかどうかは、被告人の刑事責任の有無ないしその範囲を左右する極めて重要な意味を有しているところ、刑事裁判においては、前記のように、費用と収益を対応させることは、その理念に合致するものであり且つ後日不利益を回復する方法のないこと、見積評価を禁ずべき合理的な理由はなく、所得税法第一五六条は経費全般にわたる見積評価を認めているほか、債務の確定に関する所得税法基本通達三七-二の(3)の金額を合理的に算定することができるというのも、一種の見積評価を意味しているのであり、本件地代相当損害金債務の見積評価を否定すべき理由はない。

また、原判決は、本件地代相当損害金債務の額を適正に見積評価することは困難であるから必要経費に算入すべきものではない、という。

査察官及び検察官は、正当所得金額を算定するためには、如何なる困難をも越えてその任を果たすべく、また、当然のことながらこれまで他の多数の脱税事犯において本件地代相当損害金債務算定よりも、はるかに困難な計算を行って正当所得金額を算定してきたのは公知の事実である。本件において、地代相当損害金債務が経費に算入されるかどうかは、犯罪の成否ないしその範囲を画する事実であり、そしてその算入の可否がその額の見積評価にかかっているときは、如何に困難であっても見積評価されねばならない、のみならず、本件地代相当損害金債務の適正な見積は前記のとおりさして困難なことではない。査察官、検察官がこれをしなかったのは、これを計算すると、明らかに逋脱税額がなきか、なきに等しくなり、ひいては告発、起訴ができなくなることを恐れたため以外に合理的な理由がない。前記所得税法第一五六条は、所得額や損失額の全部について、推計して更正又は決定すべき場合のあることを定めているが、これは実質見積であり、そしてこの方が本件地代相当損害金債務の適正な見積評価より、はるかに困難なことはいうを俟たないであろう。

原判示は理解に苦しむところであり、到底左祖し得ない。

以上のとおり、原判決は、所得税法第三七条一項の解釈若しくは刑事裁判の法理を誤った結果必要経費に算入すべき地代相当損害金債務を必要経費に算入せずして、各年分の所得税額や逋脱税額を認定した事実の誤認があり、右事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決は破棄を免れない。

なお、仮に本件事犯につき有罪の判決を維持されるのであれば、予備的控訴趣意として、昭和六三年法律一〇九号により、株式等取引に課する租税法規が廃止、創設されたことにより、株式等取引に対する税額が現在では、本件事犯当時より極度に減額され、右は刑事訴訟法二四八条の「犯罪後の状況」に該当し、刑の量定の際考慮すべき事項(昭和二五年五月四日最高裁判決、刑集四巻五郷、七五六頁、小野清一郎ほか三名著ポケット注釈全書刑事訴訟法上(新版)五七六頁)であるのみならず、刑法六条を適用すべきであるのに、これを適用しなかったなど、判決に影響を及ぼす法令の解釈、適用の誤り、量刑不当の誤りによる違法があるが、右諸点については相弁護人の控訴趣意を全面的に援用する。

よって、原判決はこの点からも破棄を免れない。

以上

平成四年(う)第二七〇号

控訴趣意書

所得税法違反 被告人 巫阿渕

右被告人にかかる頭書被告事件について弁護人の控訴趣意の要旨は左記のとおりであります。

平成四年七月一三日

右被告人弁護人

弁護士 豊島時夫

大阪高等裁判所 刑事第六部 御中

原判決は弁護人の無罪の主張を排斥し、起訴状記載の公訴事実と同一の事実を認定し、被告人に対し、懲役二年(執行猶予四年)及び罰金九〇〇〇万円に処する旨の有罪判決を言い渡したが、右判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤り及び事実誤認がある上、仮に有罪であるとしても、昭和六三年法律一〇九号により株式等取引についての法規は廃止、新設により、株式等取引に対する課税額は本件事犯当時より著しく軽減され、刑法六条を適用すべきであるのにこれを適用しなかった法令適用の誤り、あるいは犯罪後の事情として量刑上斟酌すべきであるのにこれをしなかったなど被告人に有利な事情も斟酌しないで重きに失する刑を課した量刑不当の誤りがるので、いずれにしても、これを破棄すべきものであります。

以下順次その理由を述べます。

第一 (被告人と千葉喜代との土地をめるぐ争い)

一 (係争土地の特定)

1 被告人と千葉喜代(以下「千葉」という)との土地をめぐる争いのうち、本件公訴事実に関係のある土地(以下「本件土地」という)は、原審弁護人証拠請求番号(以下「弁」という)一一号証及び同検察官証拠請求番号(以下「検」という)五七号証中、記録一四〇七丁ないし一四三〇丁、一四一三丁(一四一三丁は誤綴につき丁数順次不同)のいずれも、大阪地方裁判所昭和四四年(ワ)第五九七八号所有権移転登記手続等請求事件判決書末尾添付の物件目録中、番号、二、三、九、二〇、二二、二三、三五、三七、三八、四二、四三の合計一一筆の土地である(なお、記録一、四七八丁参照)。

2 本件土地は、右事件が最高裁判所で千葉の勝訴で終った後の昭和五七年六月一〇日、千葉から被告人を相手に、神戸地方裁判所に提訴され、同庁昭和五七年(ワ)第三九八号事件として係属中の土地明渡請求事件(付帯請求資料(地代)相当損害金請求)(弁九号証)においては、物件目録に(1)ないし11の番号を付せられて表示されている。

3 裁判所で鑑定を命ぜられた鑑定人小野三郎作成の鑑定書では、右物件目録番号

(1) を (イ)

(2)ないし(4)を (ロ)

(5)ないし(7)を (ハ)

(8) を(ニ)

(9)ないし(11)を (ホ)

と表示区分し(検五七号、記録一三六八丁)、

その所在場所は、記録一三四九丁の「付近見取図」中斜線を引き、右(イ)ないし(ホ)の記号を付して図示されている。

4 右見取図中(イ)と表示されている部分は、被告人が事業所得を生ずるゴルフ練習場(ゴルフ神崎)の敷地として占有利用し、(ロ)ないし(ホ)はいずれも不動産所得を生ずるモータープールとして使用している。

二 (係争事件)

被告人と千葉との間の訴訟事件はほぼ原判決の記載のとおりであるが、仮差押事件が記載されていないので、これをも加えて詳細を記載する。

1 (所有権移転登記手続等請求事件)

(一) 原告を千葉、被告を神崎土地振興株式会社(以下「神崎土地」という)とする本件土地を含む四三筆の土地につき、仮登記に基づく右請求の訴が昭和四四年に大阪地方裁判所に提起され、同庁同年(ワ)第五九七号事件として係属。

同五一年二月二六日原告勝訴の判決あり、(ただ理由判示の際に、神崎土地は、巫(被告人)が自己所有の土地につき会社名義を使用して土地経営をするために設立したものであって、係争土地について何の権利も取得したものでないことを認定している)(記録一四二〇丁)

(二) 右判決に対し、被告より控訴し、大阪高等裁判所同五一年(ネ)第四〇四号事件として係属したが、同五五年一〇月二三日控訴棄却の判決あり(弁一二号証)。

(三) 神崎土地名義で被告人は更に最高裁判所に上告し、同庁同五六年(オ)第五六号事件として係属したが、同五七年二月九日上告棄却の判決あり、神崎土地すなわち被告人の敗訴が確定した(弁一三号証)。

(四) 前記所有権移転登記手続等請求事件の千葉勝訴判決が確定した結果、本件土地については、すべて同五七年二月一九日をもって千葉名義に所有権移転登記がなされている(記録一四三二丁ないし一四五五丁)。

2 (再審事件)

(一) 神崎土地は、前記(二)の大阪高等裁判所の判決に対し、再審の訴を提起したが、同裁判所は同六二年一〇月二七日、訴却下の判決があった(検五九号証)。

(二) 神崎土地は、右判決に対し最高裁判所に上告したが、平成二年二月六日、上告棄却の判決があった(検五八号証)。

3 (土地明渡請求事件[付帯請求賃料相当損害金請求])

(一) 千葉は、本件土地を占有している被告人を相手として、同五七年六月一〇日付訴状をもって、被告人の不法占有を請求原因とする本件土地の明渡しを求めるとともに、昭和三二年一〇月一〇日から、本件土地の明渡しまでの間の賃料(地代)相当損害金の支払いを求める訴を神戸地方裁判所尼崎支部に提起し、被告人はこれを争い、現在右訴訟は審理中である(弁九号証等)。

(二) (千葉の請求している地代相当損害金の金額)

(1) 検五七号証に編綴されている右事件の訴状(記録一三七五丁ないし一三八一丁)及び訴変更の申立書(同一三四七丁、一三七二丁ないし一三七四丁、但し一三四七丁は誤綴されていたため、丁数が離れているものである)及び、前記小野三郎作成にかかる鑑定書(記録一三二四丁ないし一三七一丁)及び上申書(記録一三一七丁ないし一三二三丁)(以下「鑑定書等」という)によると、千葉は右請求金額を昭和三二年、同四〇年、同四七年、同五〇年、同五四年、同五七年にそれぞれ増額している。

(2) 千葉の当初の請求金額は、千葉独自の判断によったもののようであるが、右鑑定書等により算定された金額に従って訴変更の申立書記載の金額を請求している。

右鑑定書の金額算定の期間は訴状記載の期間と同一(但し、昭和五七年四月一日以降分は鑑定時期の関係で、同一金額)で、その金額は各期間毎に左記のとおり大幅に増額されているが、その増額の最大理由は地価の高騰にある(金額につき前記上申書参照、増額理由につき前記鑑定書中「第三本件対象土地の賃料相当損害金の鑑定評価」の項目、記録一三五八丁ないし一三六二丁参照)。

〈1〉 本件土地全体に対する地代相当損害金(月額、円) 年額

昭和三二年一〇月一日(現在) 一〇一、五五〇 省略

同 四〇年四月一日 五四二、六四〇 〃

同 四七年四月一日 二、〇四六、六四〇 〃

同 五〇年四月一日 三、五三七、四四〇 〃

同 五四年四月一日 四、九二六、〇七〇 〃

同 五七年四月一日 六、九九四、五三〇 八三、九三四、三六〇

〈2〉 本件土地の坪当り鑑定評価額(前記鑑定書中記録一三六〇、一三六一丁)

土地の区分 評価時点

昭三二、一〇 同四〇、四 同四七、四 同五〇、四 同五四、四 同五七、四

(イ) 三、〇〇〇 一七、〇〇〇 六〇、〇〇〇 一〇〇、〇〇〇 一三五、〇〇〇 一九〇、〇〇〇

(ロ) 七、〇〇〇 三七、〇〇〇 一三〇、〇〇〇 二二〇、〇〇〇 三〇〇、〇〇〇 四三〇、〇〇〇

(ハ) 五、〇〇〇 二七、〇〇〇 一二〇、〇〇〇 二〇五、〇〇〇 二八〇、〇〇〇 四〇〇、〇〇〇

(ニ) 六、〇〇〇 三二、〇〇〇 一二〇、〇〇〇 二〇五、〇〇〇 二八〇、〇〇〇 四〇〇、〇〇〇

(ホ) 七、五〇〇 四〇、〇〇〇 一四〇、〇〇〇 二三五、〇〇〇 三二〇、〇〇〇 四六〇、〇〇〇

4 (仮差押事件)

千葉は、

(一) 昭和五七年に神戸地方裁判所尼崎支部に対し、被告人が占有している本件土地のうち、ゴルフ練習場に利用している土地以外の土地にかかる昭和四七年六月一日から、同五八年三月三一日までの賃料(地代)相当損害金債権が合計三億七、九三四万八、〇〇〇円あるとして被告人所有の不動産について仮差押命令を申請し、同裁判所はこれを容れて同五七年五月二七日付をもって申請どおりの仮差押決定をしている(検五七号証、記録一三一一丁ないし一三一六丁)。

(二) 更に平成元年一月一九日同裁判所同支部に対し、被告人が占有している本件土地にかかる昭和五八年四月一日から同六三年一二月末日までの賃料相当損害金債権が合計四億八、二六二万二、五七〇円あるとして、被告人所有の不動産について仮差押命令を申請し、同裁判所はこれを容れて、平成元年一月二七日付をもって申請どおり仮差押決定をしている(検五七号証、記録一四五六丁ないし一四六五丁。一二一〇丁ないし一二一六丁)。

(三) 被告人は右仮差押決定に対し異議申立をしていない。

第二 (本件事犯の告発、起訴、原審審理開始に至る経緯)

一 所得税法上、ある年において、収入すべき金額は、当該年分の収入金額に計上し、(同法三六条一項)一方、事業所得や不動産所得については、収入金額にかかる売上原価その他当該費用を得るために要した費用は、右各所得金額の計算上必要経費に算入し(同法三七条一項)、右各所得の所得金額が損失となったときは、他の雑所得等の金額と損益通算をして総所得金額を計算する(同法六九条、同法施行令一九八条一号)旨規定されている。

二 被告人は本件土地一一筆を含む四三筆の土地の所有権登記義務について千葉と争って最高裁で敗訴が確定し、千葉から本件土地の明渡しと地代相当損害金の訴訟を提起され、意地で争ってはいるものの、本件土地については既に千葉所有名義に変更されている上、千葉の申請により前記第一の二の4(仮差押事件)の項において記載のとおり千葉が被告人に対し、本件土地の不法占有を原因として地代相当損害金請求権を有することを裁判所が認め、これを前提として裁判所により第一次として昭和五七年五月二七日に、三億七、九三四万八、〇〇〇円の地代相当損害金請求権を被保全権利として、被告人の財産につき仮差押決定を受け、第二次として、平成元年一月二七日に、四億八、二六二万二、五七〇円の地代相当損害金請求権を被保全権利として同様仮差押決定を受けたのであり、このような裁判の経緯を見ると被告人が本件土地の所有権につき千葉に勝訴する可能性はないと考えるほかはない。

ところで、被告人は本件土地のごく一部はゴルフ練習所用敷地として利用し、その余の大部分はモータープールとして利用しているが、ゴルフ練習所に利用している土地については、その土地を利用して得ている収入は申告済みであり、一方これまでその土地に係る地代相当損害金を経費に算入していなかったので、同金額だけで過大な事業所得を申告していたし、モータープールに使用している土地については昭和五八年分まで、その収入を収入金額に計算して申告しながら、一方その収入を得るに必要欠くべからざるその敷地にかかる地代相当損害金を経費に算入しないで過大な不動産所得を申告していた(芦田貢の質問てん末書、記録七〇一頁)。その過大申告は約七億円に達する。すなわち、第一次の仮差押決定の被保全債権とされている約三億八〇〇〇万円の全部及び第二次の仮差押決定の約四億八〇〇〇万円のほとんどについては必要経費に計上することなく確定申告をしているので、各年分の確定申告の時点で千葉から請求されている地代相当損害金は必要経費とされることなく所得金額が決定している。右地代相当損害金の見積り額を毎年分の必要経費に算入して、所得の減額を認めて貰うという更正の請求(国税通則法二三条)の制度はあるが、これも既に各確定申告の期限より一年を経過しているので出来ない(同法、同条)し、他に救済手段はない。

被告人は既に約七億円もの必要経費に算入出来る地代相当損害金を必要経費に算入せず、過大な所得税を納付して、取り返しのつかない損害を受けていたのである。

3 その上、昭和五九年分からモータープール収入以上の金をどうせ千葉にとられるのだからということで、その収入を収入金額とせず、預り金としていたが、本件事犯の対象年分のモータープール収入は

昭和六一年に 二三、九七九、五五〇円

同 六二年に 二七、一二五、四五〇円

同 六三年に 三一、二四八、〇〇〇円

に過ぎず、これを預り金勘定に計上して、収益としては申告していないものの、前記のとおり、昭和五八年の鑑定書等によると、同五七年四月の時点で年間の地代相当損害金は年間八三、九三四、三六〇円とされている上、その後の本件事犯対象年度の地価高騰は甚だしいから、本件対象年分の地代相当損害金はいずれの年分も右預り金計上金額よりもはるかに高額になることが予想され、したがって、各年分ともモータープール収入から地代相当損害金を差引いた多額の不動産所得の損失が見込まれ、弁護人豊島時夫としては費用、収益対応の大原則か被告人があまりにも可哀想なので、税理士業務を行う弁護士として大阪国税局査察部に赴き、数回にわたり、同部幹部に右事情を説明して善処を求めた。

同幹部は右二の事実関係は知っていたが、地代相当損害金の債務はその裁判が確定するまで未確定であると主張し、同弁護人がいくら条理を尽くして説明しても毎年分の地代相当損害金の見積額を毎年の必要経費に算入することを承知しなかった。

その上、右預り金勘定に計上している金額は現実に収入があったものであるから、預り金を否認し、収入に計上して所得を計算すると主張した。

なるほど、現実に収入した金額は、当該年分の収入金額に計上して所得を計算すべきことは税法上当然であるが、右収入を得るためには、千葉から不法占有と訴えられている本件土地の利用が絶対に必要なことは言うまでもないから、不法占有を理由に請求され、支払うべき地代相当損害金を、収入を得るための原価として必要経費に算入すべきことは税法上も会計法上も条理からも当然であるのに、その当然の理を認めないと主張する査察部の意向は、法理論以外の要因、すなわち、弁護人の右主張を査察部において考慮すると、告発すべき事案でなくなるか、告発しようとしても検察庁が承知するかどうか分からず、承知したとしても損益通算の結果、告発、起訴の対象年数ないしは、ほ脱額が減少し、査察の成績が落ちることをおそれてのものであろうと、弁護人が査察部在勤当時の経験などに基づいて判断したので、見解が対立したまま別れた。

四 弁護人豊島は大阪地方検察庁の財政係検察官にも面接し、右理論の一端を述べ、善処を要請したが、検察官は結局右モータープールの収入金を預り金勘定にしてあるのをそのままにして(収入に計上しないで)本件公訴を提起した。同弁護人は、検察官に対し、自分の弁護方針として事実については争わないが、費用、収益対応の原則を無視し、納税者に苛酷な結果をもたらす法解釈については徹底的に争う旨説明し、検察官もこれを了承した。

五 原審の審理に先立つ裁判所、検察官、弁護人の事前の打合せの席で、弁護人からこれまでの経緯の大略を説明し、検察官は信義則、禁反言の法則上、公判になって地代相当損害金の計算をするのは妥当でない旨弁護人が主張したところ、検察官もその計算をするつもりはない旨答え、裁判所は、弁護人の主張を考慮してか、当初から本件を合議体で審理した。

第三 (本件地代相損害金の経費算入時期)

一 (権利確定主義概念発生の経緯、その限界、修正、これに伴う経理処理等)

本件で特に争点となっているのは、権利確定主義についてであるが、現在の税務会計のみならず一般の会計理論においても会計処理上の原則として承認されている発生主義をそのまま収支の計上時期とするときは、特に収益の計上が早きに失し、収入の確実性が薄い時期に収益を計上せざるを得なくなることを修正するために考えられた理論の一つが権利確定主義であり、これが発生主義会計に内在するものと考えのが最も適当であろうと裁判所が判断したことから、まず収益計上時期を決定するための基準として一般的にも承認されるようになったものである(最高裁判所昭和四〇年九月八日判決。その解説[同年度判例解説一七八頁及び同五三年二月二四日同裁判所判決の解説である五三年度二六頁参照)。そして、この理論すなわち、権利確定主義は、次に収益のみならず、経費の計上時期についても原則的理論として一般的に承認され(経費については費用、収益対応の原則を優先させるべきである旨の忠佐市氏などの有力説がある。後記。)、判例も確立しているところであるが、原則はあくまで原則であって限界があり、世上生ずるあらゆる事象について、原則をそのまま適用すると具体的妥当性を欠く場合には、原則を修正して具体的妥当な結論を得るようにする必要があり、これもまた、判例、学説、税務実務でも認知されている。

そして、原則を修正して具体的妥当性を優先させた場合に生じる経理上の問題も判例、学説、税務実務において、その処理方法が確立している。

原判決の違法性を論ずる前に、右諸点にかかる判例、学説、税務実務を引用し、これに対する弁護人の意見を加え、本件地代相当損害金の必要経費算入時期についての判例、学説、税法実務の動向を検討する。

二 判例

1 最高裁判所昭和五三年二月二四日判決(刑集三二巻一号四三頁)

同判決は左記事項を判示している。

〈1〉 所得税法は、収入の原因となる権利が確定した時点の属する年分の収入金額とする、いわゆる権利確定主義を採用していると解されるが、権利確定の時期はそれぞれの権利の特質を考慮して決定されるべきものである。

〈2〉 賃料増額請求が賃借人により争われた場合には、原則として右債権の存在を認める裁判が確定した時に、その権利が確定するものと解する。

その理由は、増額請求の効力は請求時に客観的に相当な額で生ずるが、増額請求権の存否、金額を正確に判断しがたく、賃借人に申告、納税を強いることは相当でなく、課税庁に認定させるのも適当でないからである。

〈3〉 ただし仮執行宣言付勝訴判決に基づき現実に給付があったときは、その時点の年分の収入金額とすべきである。

〈4〉 増額請求が認められ、その給付があった場合は、従前の約定賃料を超える部分については、その給付があった時期の属する年分の収入金額とすべきである(同五二頁)。

右〈1〉の判示事項は、権利確定の原則的解釈にしたがうと具体的妥当性に反することもあるから、その場合は原則的解釈を固執せず、具体的妥当性に合致するように収入金額計上時期(権利確定時期)を決定しなければならないことを説示したものであり、

〈2〉の理由とするところは、賃料増額訴訟の特に一審においては増額請求認容の可否、その程度が当事者に予測し難いという訴訟の現実を踏まえたものとして妥当であるほかに、その根本として、法解釈としては権利が確定していても、それは理論上のものであり、現実に給付を得ていない納税者に給付を得るより先に増額分の納税を求めるという苛酷な処理を強いる解釈をすべきではないという基本的姿勢がある。

このことは〈3〉において、現実に給付があれば、裁判が確定していなくとも経済性を重視する従来の判例どおり納税義務を認めるという判示によっても明らかである。

要するに、この判決の根本にあるのは、納税者に不利な法解釈をしてはならないということにあり、納税者の利益に法を解釈適用したものである。

これを本件事犯について適用すれば、裁判の実務上、被告人の千葉に対する地代相当損害金の支払義務を否定できる公算がないか、支払義務存在の蓋然性が極めて高度であるかその義務は確定している(刑事裁判の鉄則にしたがい、少なくとも被告人の債務が確定してないとは言えない)旨納税者たる被告人に有利に法を解釈すべきであるということになろう。

〈3〉は従前の判例の立場を踏襲したものである。

〈4〉は裁判で争っている場合は、妥当な金額で毎年分を申告、納税しておき、裁判で確定したときに、申告額と判決による金額との差額を収入金額として計上すべきであるというものである。

2 最高裁判所昭和四九年五月八日判決(刑集二八巻四号六七頁)

同判決は、事業収入を得た年末までに、その収入を得るために支出を要する費用の金額が未確定であっても、その金額を合理的に算定できるときは、その収入を得た年分の必要経費に算入すべきであるというものである。

右判決については、最高裁判所判例解説刑事篇昭和四九年度版八頁以下にその解説が掲載されているが、その解説中一一頁の

「旧所得税法一〇条が『……総収入金額から控除すべき経費は……当該総収入金額を得るために必要なもの……』と規定していること(現行所得税法三七条も同趣旨の規定をおく。)から考えると、原則として、そしてまたそれが可能であるかぎりは、当該年度に得た収入と同一時期に経費として計上することを法は予想していること(注二)が明らかである。」

旨の解説及び右(注三)として一三頁に

「企業会計において、その期の企業利益を決定するためには、このように利益と収益と費用とを対応せしめて把握することが合理的である、費用収益対応の原則を説く判例としては、昭和三六年三月三一日東京高裁判決(刑事裁判資料九三号二二二頁)ほかがあげられる。なお、吉良実『課税所得計算における必要経費』シェトイエル一〇〇号一三頁参照。」

旨記載し、最後に

「本件は、被告人自身の租税を経費に算入しようとするものではなく、被告人が地主に代って自己の負担において支出した再評価税相当額の経費算入の問題であり、その意味からすれば、右再評価税の確定ということは直接本件を解く鍵となるものではなく、これとは全く別個の問題であり、被告人が地主に対し再評価税を代納する旨約した債務がいつ確定したとみるべきかという問題なのである。このような観点から本件をみるならば、被告人は昭和三三年中に本件再評価税納付の基礎となった農地売買を完結しその仲介手数料を得ていること、被告人は同年中に右再評価税を農地所有者に代って納付する旨約束していること、本件の経費すなわち被告人が支出した再評価税相当額は右仲介手数料を得るための支出であることが認められるのであって、しかも、右評価税額は、売買が成立すると一定の方法で容易に算出され得ることが明らかである以上、前記債務確定主義、費用収益対応の原則から昭和三三年度の必要経費とすることになんの疑いもない(注五)。これを、被告人が昭和三三年中に得た仲介手数料の実質からみても、右手数料金額中には、すでに支出が予定されている本件経費に相応する再評価税額が含まれており、これはもともと実質的な手数料の中には含まれないいわば地主からの預り金の性質をもつものであるから、被告人としては、昭和三三年度の手数料収入にはこれを含ませないことも可能であったはずである。

本決定は、このような債務確定主義、費用収益対応の原則のうえに立って、これを本件の具体的事例に適用したにすぎないものと解されるが、これまで、最高裁において、必要経費の計上時期について判示した裁判例がないこと、本決定が経費の帰属年度を定める基準についての手がかりを与えていることに鑑みれば、刑事実務においても、また、徴税の実務においても参考になるものと思われる。」

旨の解説並びに右(注五)として一四頁に

「昭和四五年所得税基本通達三七の二は、『法第三七条の規定によりその年分の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額または雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき償却費以外の費用で、その年において債務が確定しているものとは、次に掲げる要件のすべてに該当するものとする。(1)その年一二月三一日(括弧内省略)までに当該費用にかかる債務が成立していること。(2)その年の一二月三一日までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。(3)その年一二月三一日までにその金額を合理的に算定することができるものであること。(注)略』としているが、被告人の地主に対する本件再評価税代納義務については、右三要件を充たすことは明らかであり、旧所得税法においても、基本的に現行法と全く変わるところがない以上、これを昭和三三年度の必要経費として計上すべきことは当然といえよう。」

旨記載している。

原判決が地代相当損害金の必要経費算入を否定する根拠として所得税法基本通達三七条の二を引用していることとは正反対であって、この一事をもってしても原判決の違法は明らかであろう。

三 学説

元裁判官で、大蔵省に入り、国税庁調査査察部長などの要職を得て、中央大学等の講師であり、法律、税務実務等について共に豊富な智識と経験を有し、税法等の権威者である忠佐市氏の見解は体系的に完成され、傾聴に値するものがある。同氏は、その著「課税所得の概念論・計算論」において、権利義務の確定という論理によって所得計算をすることを批判し、費用収益対応の原則を重視すべきことを説いている。(税法学の分野において体系的に完成された妥当な見解を持つことにおいて忠氏に勝るものはないと思われるので、学説は忠氏のみとする)

同氏はまず右著書の序文第四の(2)(3)において次のとおり述べている。

「(2)法人税法上の課税所得の計算は、わが国で課税規定の発足以来、商法の会社利益の計算が原則的な基盤とされているものであって、それに租税法令の規定による変容を加上するという重層構造によることが理解されていなければならない。商法会計と、証券取引法会計と、税務会計とか、三者相互に独立的に併存している、という発想は法的な理解とはいえないはずである。所得税法上の課税所得の計算についても、基本的には同様の論理によるといえる。

(3) 課税所得の計算については、現行租税法令は、所得金額は、基本的には収益(収入金額)から費用(必要経費)または損失をさし引いて計算すると規定している。それは、実現した収益から、その実現した収益に対応する費用をさし引いたものであると理解して、その実現及び対応の要件を、法律関係の要件としてその論理の確立が急がれるべきである。権利義務の確定という論理によっては、的確を期し難い。」

同氏は続いて本文の「所得計算原則体系論」篇において、五〇四頁から五〇七頁にかけて貴重な見解を述べられている。

いささか煩ではあるが左にこれを引用する。

「(オ) 判例においては、昭和二〇年代から三〇年代にかけては、権利発生主義、権利確定主義、権利義務発生主義または権利義務確定主義その他の用語によって、発生主義会計の動向を実質的な内容とする論旨が展開されることが多かったはずである。要するに、取引要件表現説が重視されるときは、そのような傾向が見受けられることになる。それに対して、法律要件表現説が重視されるときは、法律の論理の展開が取引事実の実態を離れて、論理の独走を見せかねないようにもなる。その転機となったとも考えられるものが、一つは判例516(昭五三、三、二四、最高判決のこと)であり、他の一つは昭和四〇年改正租税法上の上記(ア)(法人税法二二条三項二号のこと)の規定である、と私は考えている。

(カ) 上記(オ)において初期の権利確定主義と呼ばれていたものは、契約の成立によって請求権を取得すればそれだけで収入金額又は収益として計上されると論ずる一派があったので、その意味であるとするならば、実現主義の原則によるときは引渡しがあってはじめて収入金額または収益に計上されるという発生主義会計上の理解に反する。引渡しを原則とし考える立場からは、権利確定主義の用語は避けるにこしたことはない。しかも、請求権の取得によって収入金額または収益が計上されるのと左右対称的に、収益原価・費用等として計上されるものは履行すべき債務を負担した時期によると論ずることも明治年代以来その例がある。これが権利確定主義に対して義務確定主義と呼ばれることも自然であったはずである。しかし、発生主義会計の理解によれば、当期に実現した収益に対応する収益原価・費用等における対応と義務確定とにもズレがある。対応を原則として考える立場からは、義務確定の用語も避けるにこしたことはない。

(キ) 上記(オ)において述べたように、判例516が示された以後には、収入金額または収益の期間的配分について、直接または間接に権利確定主義を示す用語による判例を見受けることが多くなり、かつ、直接または間接に法人税法二二条または所得税法三七条の規定を論拠として、義務確定説または権利義務確定説に言及する判決が多きを加えてきている。その反面において、実現した収益と、実現した収益に対応する収益原価・費用等によって損益の期間的配分が論じられるべきものと判示する判例も、そのあとを絶たないで続けられている。

(ク) それにしても、昭和二〇年代から同三〇年代にかけて開拓さてきた判例上の発生主義会計の構想に立脚する損益の期間的配分に関する論理構成が、判例516などを転機として、権利確定主義または権利義務確定主義の名において、収益については権利の確定、費用等については債務の確定を論拠とする判例に逆戻りする傾向を示しているのは、いかなる理由によるものなのであろうか。特に、昭和三七年の商法および有限会社法の改正においては株式会社及び有限会社について、同四九年の商法改正においては合名会社、合資会社及び個人商人について、すべて発生主義会計(損益法の会計原理)の構想による会計の規定が整備されている。その損益計算が権利の確定及び債務の確定の論理によって解釈しつくされるものであるかどうかにも顧りみられるべき課題があるはずである。第二部の 50など展開してきた重層構造説の論理は、このことを避けてとおることはできないはずである。

(ケ) 租税法上の損益の期間的配分の論理については、まず、法人税法二二条によって法人の純所得の計算を論ずべきである。所得税法上の各種所得については、この法人の純所得における論理によって類推することができると考えられるからである。

(1) 法人税法二二条二項は益金の内容とされるものは収益のすべてであるという趣旨の規定であるとして解釈されるべきである。その収益は、所得を原則的に純資産の純増加であるとして理解し、「別段の定め」を加えてその積極要素のすべてを意味すると解されることになる。しかし、その事業年度帰属の要件は同項には規定されていない。別に帰属年度の特例としての規定があるので、その帰属年度の原則はなにかを解釈によって理解すべきことになる。その特例と原則とが一体となるものとして考えられるのは、原則は実現の時点によると解されるべきであって、その内容、要件が論じられていない権利の確定という発想によるべきものとする論拠は考えられないはずである。

(2) 次いで、法二二条三項は収益原価、費用及び損失の規定であるが、(ⅰ)その三項一号の原価の規定こそ、実現した収益に対してその対応する費用によるという費用収益対応の原則の発想がとられているはずであって、その内容、要件が論じられていな義務の確定という発想だけによるものではありえない。(ⅱ)その三項二号の費用の規定においては、上記(ア)で述べたように償却費以外の費用で債務の確定しないものを除くという要件が法定してあるが、この三項二号の規定は、〈1〉三項一号との関係において費用収益対応の原則の発想によって理解されるか、〈2〉それとも、三項一号とは独立して義務の確定というような発想によって理解されるか、を考えさせることになる。そして、基本的には発生主義会計の発想によるときは費用収益対応の原則にしたがって、当期に実現した収益に対して、対応し、または対応に準じて理解することができる要件によるべきである。と考えられてくる。

(3) 法二二条三項二号においては、費用として所定の債務の確定しないものを除く、と規定されている。その「債務の確定しないもの」についての解釈も、いくつかに分かれる。

(ⅰ)その一つに、債務としての他の要件は備えられているが、債務の金額としては特定されていないものをいう、とする見解がありうる。この見解によるときは、その金額が特定するまでは同号の規定によって損金の額に算入されるべきでない、と解されることになる。しかし、取引要件表現説による費用の発生とは、〈1〉財貨または役務を受入れたことによって、その受入れが費用と考えられるべき関係にあり、かつ、その対価の支払いの原因とされていること、〈2〉および、対価の関係がない支出の原因が完成して、その完成が費用と考えられるべき関係にあり、かつ、その支払いの原因とされていること、を意味しているはずである。〈3〉通常の場合においてはその支払うべき金額は特定しているはずであるが、例外の場合においては、決算期その他の計算時まで、その金額が特定しないこともありうる。以上のように、債務としては成立しているがその金額が特定していないと考えられる場合においては、計算時において合理的その金額を見積ることができる場合は、その見積金額によって費用を計上すべきであり、合理的に見積ることが困難な場合には、事実上、その合理的に見積ることができる時期に費用を計上すべきである。と解されることになる。〈4〉これらの場合において義務確定説の名のもとに、金額が特定するに至るまで費用として計上されるべきではないと解することは、法二二条三項二号の趣旨ではないはずである。」

右のとおり、忠氏は、費用については確定主義よりも費用・収益対応の原則を優先させることが税法を含む会計学の正しい解釈であり、債務の金額が確定するまで費用に計上できないと解すべきではないと説いている。

四 通達

昭和六一年版国税庁直税部長門田実監修の所得税基本通達逐条解説(引用の通達及び解説は、同年以外のも同様である)によって本件に関係する通達と、国税庁幹部による事実上の同庁の通達解説及び、これに対する弁護人の意見を述べる。

1(一) 所得税基本通達制定の際の国税庁長官の通達(昭和四五年)

国税局長殿

国税庁長官

所得税基本通達の制定について

所得税基本通達を別冊のとおり定めるとともに、所得税に関する既往の取扱通達を別紙のとおり改正または廃止したから、通達する。

この所得税基本通達の制定に当たっては、従来の所得税に関する通達については全面的に検討を行い、これを整備統合する一方、その内容面においては、法令の単純な解説的留意規定はできるだけ設けないこととするなど通達を簡素化するとともに、なるべく画一的な基準を設けることを避け、個々の事案に妥当する弾力的運用を期することとした。したがって、この通達の具体的な適用に当たっては、法令の規定の趣旨、制度の背景のみならず条理、社会通念をも勘案しつつ、個々の具体的事案に妥当する処理を図るよう努められたい。

(二) 意見

本通達が昭和四五年七月一日に制定された際、国税庁長官から国税局長宛に右通達が発せられたが、その末尾に記載してあるように「この通達の具体的な適用に当たっては、法令の規定の趣旨、制度の背景のみならず条理、社会通念をも勘案しつつ、個々の具体的事案に妥当する条理を図るよう努められたい」旨述べられている。

まことに妥当なものであり、所得税法及び通達の解釈適用上も参考とすべきものであると思料する。

2(一) 所得税基本通達三七-一とその解説

(売上原価等の費用の範囲)

通達 37-1 法第37条1項に規定する「売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用」は、別段の定めのあるものを除き、その年において債務の確定しているものに限るものとする。

解説 この取扱いは、売上原価その他の直接費用についても、その費用を支払うべき債務がその年中において確定していることを要するという債務確定主義の適用があるという原則的な考え方を明らかにしたものである。

したがって、別段の定め(基通36・37共-1、36・37共-4の2、47-48等)があるものについては、それにより取り扱われることになる。

(二) 意見

費用の計上時期を早める基本的通達である本通達は判例の傾向を尊重して、債務確定義をとる旨規定しているが、具体的事象においては、この債務確定主義のみでは具体的妥当性が損なわれるので、前記忠氏の見解を採用して「別段の定め」により実務上は、権利について実現主義、経費については、費用、収益対応の原則を優先させている。

本件地代相当損害金は、同通達三七-二によってもその債務が確定していることが明らかであるか、仮に確定していないと解しても、別段の定めである36、37共通-4の2、37-3、47-18(後記)は本件と同種であるから、これを優先準用し毎年の必要経費に算入すべきことになろう。

3(一) 同通達三七-二とその解説

(必要経費に算入すべき費用の債務確定の判定)

通達 37-2 法第37条の規定によりその年分の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき償却費以外の費用で、その年において債務が確定しているものとは、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる要件のすべてに該当するものとする。

(1) その年12月31日(年の中途において死亡し又は出国をした場合には、その死亡又は出国の時。以下この項において同じ。)までに当該費用に係る債務が成立していること。

(2) その年12月31日までに当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。

(3) その年12月31日までにその金額を合理的に算定することができるものであること。

解説 法第37条第1項では、その年分の必要経費に算入できる費用は、別段の定めのあるものを除き、その年において債務の確定しているものに限ることとしているが、この通達37-2の取扱いは、「債務の確定」の判定要件として、〈1〉債務の成立、〈2〉事実の発生、〈3〉金額の計算の明確の3つを挙げているものである。

(1)の債務が成立していることとは、その者がその費用を支払うべきことが債務として定まっていることをいい、例えば、具体的に費用の額が確定していてもそれをだれが負担するのかが決められていない場合には、「債務の確定」がないものである。(2)の事実が発生していることとは、役務提供、給付などの原因が現に生じていることをいうものであり、例えば、販売商品のアフターサービスの費用について、販売の時に、故障があったら無償で修理することが契約上定められていてもその段階では、現実に修理が行われていない限り、この要件は満たさないので、見積費用を計上することはできないものである。(3)の金額を合理的に算定できることとは、例えば、交渉中の損害賠償金のように(1)及び(2)の要件は満たすものであっても、金額の算定ができないものは、それが確定するまで必要経費に算入できないものである(基通37-2の2参照)。

なお、必要経費の計上時期に関して種々具体的な取扱いが定められているので、特に債務確定に関して別に定めるものがある場合には本取扱いには適用がないことになる。

(二) 意見

本通達の解説を読めばよく分かるように、債務確定の三要件である。

(1) 債務の成立については、千葉所有の本件土地を権限のない者が占有することによって、占有者に地代相当損害金義務が発生し、その占有者が被告人であることは、千葉から、その旨の訴訟が被告人を相手に提起され、被告人も他に支払うべき者がいるとは主張していないから、債務の成立は明らかである。

(2) 本件各年末までに、当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していることは、原審取調べの証拠によって十分である。

(3) 本件各年末までに、その金額を合理的に算定することができるものであることは明らかである。

現に、前記のとおり小野鑑定書が裁判所に提出されており、鑑定基準時以降の地価の上昇率は、固定資産税の評価額でも、国土庁発表の公示価額でも、財団法人日本不動産研究所の指数あるいは国税庁発表の路線価によっても、更には、独自に売買実例を調査することによっても容易である。

我国における地価算定の一つとして権威ある、いわゆる路線価は国税庁が算出発表しているのである。その路線価は合理的でないというのであろうか。

路線価の例をとるまでもなく、地代相当損害金を合理的に算定することは容易である。

もし、これができないのであれば、裁判所は、地代の増、減額請求が提訴されたとき裁判ができないことになるし、課税庁は各種税法において地価に関係する事案処理ができないことになる。

(4) なお、本通達も別段の定めがある場合は、本通達が適用されないことになっているので、前記のとおり36、37共通-4の2、37-3、47-18が本件に優先して適用ないし準用されるべきときは本通達は適用されないこととなる。

4(一) 同通達三七-三とその解説

(翌年以後の期間の賃貸料とを一括して収受した場合の必要経費)

通達 37-3 資産の貸付けの対価としてその年分の総収入金額に算入された賃貸料でその翌年以後の貸付け期間にわたるものに係る必要経費については、その総収入金額に算入された年において生じた当該貸付けの業務に係る費用又は損失の金額とその年の翌年以後当該賃貸料に係る貸付期間が終了する日までの各年において通常生ずると見込まれる当該業務に係る費用の見積額との合計額をその総収入金額に算入された年分の必要経費に算入することができるものとする。この場合において、当該翌年以後において実際に生じた費用又は損失の金額が当該見積額と異なることとなったときは、その差額をその異なることとなった日の属する年分の必要経費又は総収入金額に算入する。

解説 不動産所得の収入金額の計上時期は原則として支払期による(基通36-5参照)ので数年分の地代や家賃を一括して収受する契約の場合は、その全額がその年分の不動産所得の総収入金額とされる。このような例は、ゴルフ場の土地の賃貸やネオンサイン広告のためのビルの屋上の賃貸に特に多いようである。

この場合に、その賃貸料収入から控除する関係経費は、法第37条第1項の規定によればその年中に確定した費用に限られることになるので、例えば、5年分の地代を一括して収受した場合は、5年分の収入金額から第1年目の固定資産税等の費用だけを控除したものを所得として課税することになり、2年目以降は不動産所得の損失となり、他に黒字の所得がなければ原則として控除できない結果となる。基通37-3は、このような場合には翌年以降の費用の見込控除を認めようとするものである。

なお、見積額とその後に生じた実際の費用及び損失の額との差額は、そ及訂正はせず、各年分の必要経費又は総収入金額として調整する。

(二) 意見

本通達の趣旨の一つは、費用について義務確定主義によるときは、納税者に苛酷な納税を強いる結果となる一方、後に経費が確定しても、それを所得計算上考慮できないことになることなどを考慮して、債務の義務が確定していなくても、見積額を必要経費とすることを認め、その二つは、見積額と確定額との差額は、そ及訂正はしないで、各年分の必要経費又は総収入金額として調整するという経理処理を示したものである。

若し、本件地代相当損害金が確定していないと解するのであれば、本件事犯と同様の場合であるから、本通達の趣旨を本件事犯の費用算入時期に準用すべきものである。

5(一) 同通達三六、三七共-4の2とその解説

(工事収入又は工事原価の額が確定していない場合)

通達 36・37共-4の2 建設業者等が建設工事等を完成して引渡した場合には、その工事収入又は工事原価の額が確定していないときにおいても、その引渡しの日の属する年の12月31日の現況により、その金額を適正に見積って計上するものとする。この場合において、その後確定した工事収入又は工事原価の額が見積額と異なるときは、その差額は、その確定した日の属する年分の総収入金額又は必要経費に算入する。

解説 たな卸資産については引渡基準によって収入金額を計上することとしている(基通36-8(1))ことから、請負工事収入についても工事が完成して相手に引渡した時に収入金額とすべきものであることを明らかにしたものであり、工事原価については、購入代価が確定していない場合のたな卸資産の取得価額の調整の取扱い(基通47-18)と同様に考えるものである。

(二) 意見

本通達は、請負工事物件を引渡したときに、収入金額を計上するとともにその原価等の費用を必要経費に算入して所得を計算することが一般に認められた会計基準であるところから、その時点で、収入金額や原価が確定していない場合には、見積計上を認める一方、実際金額との差額がはっきりした時点の年分で清算することを示したものである。

本通達も前記(4)と同様、権利、義務確定主義にとらわれることなく具体的妥当な処理を示したもので、本件事犯の処理の指針ともなるものである。

6(一) 通達四七-一八とその解説

(翌年以後において購入代価が確定した場合の調整)

通達 47-18 令第103条第1項第1号に掲げるたな卸資産でその購入した日の属する年においてその代価が確定していないものについては、その見積額によりその取得価額を計算するものとする。この場合において、その翌年以後の年において確定した代価の額がその見積額と異なることとなったときは、その差額は、その確定した日の属する年分の事業所得の金額の計算上総収入金額又は必要経費に算入する。ただし、その差額が、多額な場合には、その差額のうち、当該年分に繰り越されたたな卸資産に対応する部分は、当該年に取得したたな卸資産の取得価額に加算又は減算し、その他の部分は当該年分の必要経費または総収入金額に算入する。

解説 購入したたな卸資産の代価がその年の年末までに確定していないときは、基通37-1の債務確定の点で見積額によって原価を計算できるものかどうかについては、必ずしも明確ではないが、その見積額が合理的なものであることを前提とすれば原価算入を否認する必要はないと考えられる。

この取扱いは、この原価算入を認められることを明らかにするとともに、後日確定した代価との差額については、確定年分で調整することとしたものである。

(二) 意見

本通達は、たな卸資産で代価が確定していないものについては、見積額で計算してよいということと、後日正確な金額が判明した時点で清算処理をすべきことを指示しているが、特に注目すべきことは、その解説において

「購入したたな卸資産の代価がその年の年末までに確定していないときは、基本通達37-1の債務確定の点で見積額によって原価を計算できるものかどうかについては、必ずしも明確ではないが、その見積額が合理的なものであることを前提とすれば原価算入を否認する必要はないと考えられる。

この取扱いは、この原価算入を認められることを明らかにする」

旨述べている点であって、収入、経費の計上時期が、債務確定主義によるものと一応定められてはいるものの、その概念の内容についての解釈が多様であり、個々に発生するあらゆる事象に一律に適用できる基準を定めることが不可能である現実を踏まえて、支払債務が確定していると認められない場合でも、その金額の見積が合理的なものであれば、原価算入を否定することは妥当でないと判断していることである。

仮に本件地代相当損害金債務が確定していないと判断される場合には、その合理的見積は十分可能であるから、その場合は、本通達は、三七-一、及び三七-二に言う「別段の定め」に該当するから本通達を優先適用ないし準用して毎年分の本件地代相当損害金を当該年分の必要経費に算入すべきことになる。

7(一) 法人税法二二条三項の規定及び法人税基本通達二-一-四と同二-一-七

法人税法二二条三項

3 内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。

一 当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額

二 前号に掲げるもののほか、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額

三 当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの

法人税基本通達二-一-四

(販売代金の額が確定していない場合の見積り)

2-1-4 法人がその販売に係る棚卸資産を引き渡した場合において、その引渡しの日の属する事業年度終了の日までにその販売代金の額が確定していないときは、同日の現況によりその金額を適正に見積るものとする。この場合において、その後確定した販売代金の額と異なるときは、その差額は、その確定した日の属する事業年度の益金の額又は損金の額に算入する。

同通達二-一-七

(工事代金の額が確定していない場合の見積り)

2-1-7 2-1-4は、当該事業年度において完成して引き渡した建設工事等に係る工事代金の額が当該事業年度終了の日までに確定していない場合について準用する。

(二) 意見

法人税法においては、売上原価については、債務の確定を要しないことが同法二二条三項一号の規定によって明らかである。

法人税は、同法七四条によって、法人の確定した決算に基づき申告書を提出することが義務づけられているが、個人の所得を対象とする所得税法には、本質上(株主等がいない)その旨の規定がなく、したがって法人税では減価償却額が法人の任意によっているのに対し、所得税では強制償却によって必要経費に算入されるというような相違はあるが、売上原価を必要経費(法人では損金)に計上すべき時期について法人と個人で異なる合理的理由はない(延期忠氏解説)。

売上原価は、いかなる場合でも費用、収益対応の原則上、収益に対応する売上原価はその収益を計上すべき年分の経費として計上すべきものであって、正確な計算ができない場合は合理的な見積りによって計算すべきものであることを法人税法は明示している。

法人税基本通達二-一-七及び同二-一-七は、税法自体には売上金額計上の時期を明示していないところから、これを定めたものであって、やはり見積りの計上でよいとされている。

五 以上検討した判例、学説、税法通達の趣旨を前記被告人と千葉との本件土地の所有権等についての訴訟の経過等事実関係に適用すると、本件公訴事実対象年分の地代相当損害金は、被告人の各年分の事業所得及び不動産所得の計算上、その債務が確定しているものとして必要経費に算入すべきものであることは明白であり、仮に百歩譲っても見積計上して必要経費に算入すべきものであることはなおさら明白である。

第四 (原判決の違法性)

原判決が本件土地相当損害金を各年分の所得の計算上必要経費に算入すべきものではないと判断したことは、事実を誤認し、法令の解釈適用を甚だしく誤ったものである。

一 (理由その一)

1 原判決の判示

本件土地の帰属については別訴において裁判所の判断が示されてはいるものの、本件土地の不法占拠の事実の有無、賃料相当損害金義務の存否、その額等についてはまさに継続中の土地明渡し等の訴訟において争われているのであり、被告人の千葉に対する賃料相当損害金債務は本件の昭和六一年から六三年までの各年度を含め確定しているとはいえない(所得税法三七条一項、なお所得税基本通達三七-一、二参照)

というのが原則判決の理由の一つである。

2 反論

しかしながら、右判示理由は民事訴訟法、所得税法の解釈を誤ったことによる結論である。

(一) 本件土地が千葉の所有であり、本件土地を被告人が占有していること、その占有が不法占有にあたること、したがって不法占有によって賃料(地代)相当損害金支払債務が被告人に生じ、現に千葉からその支払を求められている事実等は第一の二(係争事件)において詳述したとおりの事実によって明白である。

(二) 原判決もこれらの事実を認識したためと思われるが「本件土地の帰属については別訴において裁判所の判断が示されている」旨判示して裁判所が本件土地の所有権は千葉に存する旨の判断をしていることを認めている。

(三) 前記第一の二(係争事件)の事実関係の下では、本件土地について被告人がなお抵抗はしているものの、その所有権が千葉にあることを否定できるものはなく、したがって、前記のとおり被告人の本件地代相当損害金債務は、基本通達三七-二の債務確定の三要件をすべて充足している。

経費をどの年分の必要経費に算入すべきかに関する通達は右三七-二に限らず関連する一連の前記各通達も社会通念、会計処理の公正な慣行にしたがったもので、妥当と判断され、したがって、右通達の趣旨に沿った裁判をすべきものと思料するが、本件地代相当損害金債務は本件事犯対象各年分において、各年末までに、通達三七-二の要件を充足し、これを各年分の必要経費に算入すべきことは理の当然である。

二 (理由その二)

1 原判決の判示

そもそも右のような損害金が、確定していなくても見積評価して必要経費として計上すべきであるとも解されない。

2 反論

(一) 原判決の右判示は、前記通達の三七-三、三六、三七共-四の二、四七-一八等が収入すべき金額が確定ないしは、実現していて、実現した年分の収入金額に計上しなければならないのに、その原価を構成するものや、その他の費用などで、右収入を対応する経費については、それが確定していなくとも見積計上をする旨通達していることを意識してなされたものではないかと察せられるが、本件土地中、被告人がゴルフ練習場に使用している部分は、その使用によって得られた収入は、各年分の収入金額に計上済であり、一方モータープールに使用している部分については、右使用に基づく対価の給付を受け、その利益は実現しているから、収入金額に計上すべきものである。

被告人は昭和四八年分までは収入金額に計上して不動産所得を計算していたし、同四九年分以降のうち、本件事犯対象年分については一応預り金勘定に計上して収入金額とはしていないが、右経理は誤りであり、収入金額とすべきものであることは前記のとおりである。

したがって、まさにその原価を構成する本件地代相当損害金債務は、仮に原判決が言うように確定していないとしても、これを必要経費として見積計上すべきであることは冒頭の各通達の示すところであり、右通達が違法、不当のものとは思われないことも前述のとおりである。

(二) そもそも、課税庁ないし検察庁は、課税金額ないし、脱税金額を計算するに当たり、その金額が増加する分についてはいかなる困難があっても徹底的にその作業をしてきたし、一方課税金額等が減少する事実が存する場合は、その金額を計算して、所得金額を減じてきた。

所得金額がいわゆる総額主義によることは判例の示すところであるから、当然のことではあるが、今回被告人に明らかに有利となる右モータープールの収支にかかる計算をしないことについて正当な理由は何もない。

(三) 捜査の段階で、本件事犯の対象年分の地代相当損害金がいくらになるであろうかという点について、捜査官が収集した証拠としては(それに証拠価値ないし算出方法の妥当性に問題があるにしても)、少なくとも検五五号証巫の検察官調書末尾に添付されている損害金(予測)と表題のあるメモがある。

このメモによると地代相当損害金は、

昭和六一年分 九六、〇〇〇、〇〇〇円

同 六二年分 一〇八、〇〇〇、〇〇〇円

同 六三年分 一二〇、〇〇〇、〇〇〇円

と推計されているが、右数字の算定方法を見ると、本件土地の右各年分の評価見込額に適正利回りと思われる四パーセントを乗じているところ、適正利回りは本件土地については前記小野鑑定書(記録一三五八丁)による六パーセントが適当であるとされている。

したがって、地代相当損害金は、大ざっぱな計算によると、右メモに記載されている金額に6/4を乗じたものとなる。

そうだとすると、地代相当損害金は

昭和六一年分が 一四四、〇〇〇、〇〇〇円

同 六二年分が 一六二、〇〇〇、〇〇〇円

同 六三年分が 一八〇、〇〇〇、〇〇〇円

となる。

もし、右数字ないし、その近似値が正当だとすると、モータープールの収入を預り金に計上してあるのを収入金額に計上し、地代相当損害金との差額の損失額を被告人の事業所得及び雑所得の金額から差し引けば、昭和六一年分と同六三年分のほ脱所得はなくなり、同六二年分についてのみほ脱所得が残る可能性があるのみとなる。

かような予測をもとに、被告人に有利な本件地代相当損害金には触れずに告発、起訴処分をしたと考えざるを得ない。

(右数字は弁護人に立証責任がないので、積極的に主張、立証をしようとするものではない。)

(4) 被告人の所得計算上本件地代相当損害金を当該各年分の必要経費に算入しても、千葉は、これに対応する金額を、被告人の計上年分にあわせて収入金額に計上する必要がないことは前記昭和五三年二月二四日最高裁判決によって明らかであり、千葉にとっては何の不都合も生じない。

また、被告人が必要経費に算入する金額は、当事者間で決着がつくまで、被告人は未払いであるから、貸借対照表預り金勘定に累計計上されている。もし実際に支払う金額との間に差額があれば前記通達四七-一八等の規定にしたがって、決着のついた年分の収入か経費に計上すればよいことで、もし、支払金額が預り金勘定に計上している金額に達しない場合は、残額の預り金勘定の金額は、雑益勘定として収入金額に振替えられ、被告人に各年分の地代相当損害金を各年分の必要経費に算入することを認めても、最後には清算せられ、被告人に税法上不当な利得を生ずることもなく、課税庁も何ら損失を受けることはない。したがって、この面からも問題はない。

(五) これに対し、民事上本件地代相当損害金を本件事犯対象年分を含む各年分の必要経費に算入すべき公算が大きいのに、これを認めないで処理した検察官らの処分を是認することが被告人にとって取返しのつかない結果を招き、疑わしきは被告人に有利にとの刑事裁判の原則に反することについては主任弁護人の主張を援用する。

三 (理由その三)

1 原判決の判示

その額(地代相当損害金)を適正に見積評価することも困難である。

というのが原判決の理由の三である。

2 反論

国税局は、相続税や贈与税のための土地評価の基準として、市街地については路線価を定め、これを公示しているし、所得税や法人税でも、納税者の土地処分価額が不当に廉価で、脱税を計っているものではないかという点など、いろいろな調査の必要から土地の見積評価は日常茶飯事に行なっている。

見積評価が困難ということは絶対にない。

また、その評価の適正については問題がないわけではなく、課税庁の見積評価が誤っていることもよくあることではあるけれども、それはやむを得ないことで、課税の見積評価は、見積評価をした時点で、それなりに合理的な根拠によったものであれば、その見積評価は適法である。

査察ないし検察庁は、起訴段階では、その程度の見積評価でよいのであって、裁判で、裁判所が最終的に決定する金額を最初から見積ることは不可能であり、また、それを必要とするものではない。前記通達も見積原価と、その後に判明する実際原価との差額が生じることを当然の前提として、その際の会計処理も通達しているのである。原判決の右判示が失当であることは明らかである。

四 以上のとおり、原判決が事実を誤認し、法令の解釈適用を誤っていることは明らかである。

第五 (原判決は社会通念上著しく具体的妥当性を欠く)

一 法律をそのまま適用すれば、具体的妥当性を欠く場合には、具体的妥当性を優先させ、法律を具体的妥当性に合致するように解釈することは最高裁判所が、これまで代物弁済契約や、利息制限法の解釈等において示してきているほか、主任弁護人が控訴趣意書において援用している増額請求賃料の収入時期に関する昭和五三年二月二四日最高裁判決(民集三二巻一号四三頁)も同様である。

二 例えば、

牛一〇〇頭を牛馬の売買を事業とする甲が乙から五〇〇〇万円で買う約束をしてその引渡しを受け、甲はこれを丙に七〇〇〇万円で売る予定をしていたが、丙から肉質が悪いなどとクレームをつけられ結局四〇〇〇万円で売却し、甲は丙から四〇〇〇万円を受領するにとどまった。そこで甲は乙に対し、乙が甲に引渡した牛は甲が要求していた肉質その他の条件を満たしていなかったとか、納期に遅れたとかのクレームをつけて値引きするよう要求したが、乙はこれを承知せず、乙は甲を相手として裁判所に調停を申立て、双方代理人を選任して話合った結果、結局甲が乙に四〇〇〇万円を支払うことで裁判所で調停が成立した。ところが、その後甲は選任した代理人に代理権がなかったとか、錯誤があったなどという理由で調停無効の訴を提起し、長期裁判となった。

という場合を想定して課税関係はどうするのが具体的妥当かということを考えてみたい。

この場合、甲は丙から牛の売却代金四〇〇〇万円を受取っているから、受取った年分の事業所得の収入金額に計上しなければならない(所得税法三六条)。

確定判決と同様の効果を持つ調停は成立しているが、甲はその効力を訴訟で争っているから、この場合、原判決の判示理由によると、いまだ甲の乙に対する支払い債務は確定ておらず、甲は支払債務金額を見積評価して仕入代金として必要経費に算入すべきではないし、適正に見積ることも出来ないなどということになり、甲は仕入代金を計上することができず、他に経費がないとすれば、甲は丙に対して売却した牛に関しては収入金額をそのまま所得金額をして申告、納税しなければならない。そして、甲と乙との争いに決着がついた時点で、甲は乙に支払う代金を経費に算入することはできるが、他に所得がないと、支払代金を経費とすることもできない。前記所得税基本通達三七-三の解説のようなことになるのである。

このような場合には、甲の乙に対する支払債務を一応調停で決まった四、〇〇〇万円として必要経費に算入し、収入金額四、〇〇〇万円から差し引き、当該牛の取引についての事業所得は零として計算し、後日、甲乙間に決着のついた年分で、実際額との差額を収入又は経費に計上して清算するという通達に従うのが当然であろう。

三 本件もこれと同様で、確定判決で、本件土地の所有権名義を千葉とすることが確定し、これに基づき、登記簿の所有権名義も千葉に変更し仮差押もされている事案である。

査察官が主張したとおり、モータープールの入金済収入は毎年の不動産所得金額に計上すべきことが税法上規定されているから、右入金額を毎年の不動産所得の計算上収入金額に計上すべきであるが、一方、訴訟で争っているなどという理由で、その収入を得るために絶対必要な土地いついての地代相当損害金を経費に計上せず、すなわち収入金を即不動産所得として申告し、納税することを求めることは、これまでの経緯により当然近い将来支払義務が確定する多額の地代相当損害金の経費計上を認めず、国民に税の先払いを要求するものであって、社会通念上苛酷な課税として許容されるものではないことは、前記引用の最高裁判決が、賃料の増額請求をしても、それを賃借人が争っている場合は、未収である限り申告、納税の義務なしと判断し、国民に苛酷な納税を強いる形式的法解釈を許さなかったことを想起すれば、明らかであろうし、前記各通達の趣旨に反することも言うまでもない。

四 原判決が社会通念上著しく具体的妥当性を欠いていることは以上によって明らかである。

第六 結論

以上の次第であるから、原判決はいずれにしても破棄を免れず、被告人に対しては、正当所得金額、ひいてほ脱税額の立証がないものとして無罪の判決をされたいのであります。

予備的控訴趣意

仮に本件事犯につき有罪の原判決を維持されるのであれば予備的に申立てる控訴趣意の要旨は左記のとおりであります。

第一 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあり、憲法三一条に違反する。

一 昭和六三年法一〇九号(以下「法一〇九号」という)は、

1 (所得税法の一部改正)の部において

(一) その第一条で

(1) 所得税法第九条第一項第一一号(有価証券の譲渡による所得関係規定)を削り

(2) 同法八九条第一項の表(税率表)を改め(従来の五〇〇〇万円超の所得に対する最高税率六〇パーセントを、二〇〇〇万円超の所得に対する同税率を五〇パーセントとするなど税率を下げたもの)

(3) その他の改正部分は省略

2 (租税特別措置法の一部改正)の部において

同法三七条の一〇及び同一一を改正したが、その大要は、これまで原則非課税だった上場株式等の売却益に原則として課税することとするが、その課税方法や課税額は、特別の場合を除き(被告人の場合は特別の場合に当たるものはない)納税者が、源泉分離課税制度と申告分離課税制度を自由に選択することができ、源泉分離課税制度によることを証券会社に届け出ておくと、現物株式を譲渡したときは、売却代金の一パーセント、転換社債を譲渡したときは売却代金の〇、五パーセントの各所得税、信用取引により利益を生じたときは、その利益の二〇パーセントの所得税を証券会社が源泉徴収することにより、納税者の納税義務は終了することになり、一方、申告分離課税制度をとりたい納税者は、確定申告をする際株式売買の利益に二〇パーセントの税率をかけたものを申告すればよく、他の所得の合算する必要がなくなった。

株式等売買で利益を生じているときは源泉分離課税制度を選択する方が個人納税者に有利なので、個人の株式等取引の場合は、ほとんどが源泉分離課税制度による旨の届出をしているので、給与所得者と同じように否応なく右所得税を源泉徴収され、脱税の余地はない。

3 したがって、法一〇九号の改正前、株式等取引によって得た利益を雑所得として他の所得と総合課税されていた納税者の納税額は、法一〇九号の適用を受ける平成元年四月一日以降は従前に比較して大巾に低下し、平成元年以降の総所得金額に対する税額も著しく減少する(控訴審において立証予定)。

二 刑法六条適用について

罰金額算定の基礎となる税額の改正も刑法六条にいう「刑の変更」にほかならないと解されている(大審院昭七、四、一判決、大審院刑事判例集一一巻一三号三一八頁、注釈刑法(1)三二頁)ところ、脱税額は所得税法二三八条二項により罰金刑の上限と定められているから、脱税額は「罰金額算定の基礎となる税額」であるので、脱税額に変更を生ずる法改正も「刑の変更」である。

三 ところで

1 法一〇九号の附則二条は

(所得税法の一部改正に伴う経過措置の原則)の見出しの下に

「この附則に別段の定めがあるものを除き、第一条の規定による改正後の所得税法(以下「新所得税法」という。)の規定は、昭和六十四年分以後の所得税について適用し、昭和六十三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」

というものであって、「別段の定めがあるものを除く」旨規定されているところ

2 同附則三条は

(非課税所得に関する経過措置)の見出しの下に

「新所得税法第九条第一項第十一号から第十七号まで及び第二項の規定は、昭和六十四年四月一日以後に行われる同条第一項第十一号に掲げるオープン型の証券投資信託の収益の分配、同項第十二号に掲げる給付、同項第十三号に掲げる年金若しくは金品の交付、同項第十四号に掲げる金品の給付、同項第十五号に掲げるものの相続、遺贈若しくは贈与、同項第十六号に掲げる保険金及び損害賠償金の支払若しくは同項第十七号に掲げる金銭、物品その他の財産上の利益の取得に係る同項第十一号から第十七号までに掲げる所得又は同条第二項各号に掲げる不足額について適用し、同年三月三十一日以前に行われた第一条の規定による改正前の所得税法(以下「旧所得税法」という。)第九条第一項第十一号に規定する有価証券の譲渡、同項第十三号に規定する証券投資信託の終了若しくは証券投資信託の一部の解約、同項第十四号に規定する法人の資本若しくは出資の減少、株式の償却若しくはその法人からの退社若しくは脱退、同項第十五号に規定する内国法人の解散若しくは同項第十六号に規定する内国法人の合併に係る同項第十一号若しくは第十三号から第十六号までに掲げる所得又は同条第二項第三号から第七号までに掲げる不足額については、なお従前の例による。」

というものであって、

3 これを有価証券の譲渡について要約すると「昭和六四年(平成元年)三月三一日以前に行われた第一条の規定による改正前の所得税法(以下「旧所得税法」という)第九条第一項第一一号に規定する有価証券の譲渡に係る同号に掲げる所得:については、なお従前の例による」旨規定され、右附則三条は右附則二条に言う「別段の定め」に当たるから、旧所得税法九条一項一一号の規定については附則三条が適用されると解される。

四 右のとおり法一〇九号附則三条により、本件事犯対象年度の所得(附則三条に挙示された諸規定はいずれも非課税所得に関するものであるから、所得税とせず、所得と規定されたものと思料する)については従前の例によるのであるから、改正前の所得算定規定が適用され、高額の所得ひいて高額の所得税が課税される。

同附則には、所得についての経過規定はあるが、それ以外のこと、すなわち刑罰適用に関する事項は規定されていない。

一方租税特別措置法(以下「措置法」という)の右規定により、平成元年四月一日以後の取引については同法条の規定が適用される結果、被告人の所得税については改正前の所得税額よりも改正後の所得税の方が軽減されることになることは明らかである。

また、税率変更の結果、同様所得税が軽減されたことも明白である。

株式等譲渡による所得税課税規定は法一〇九号一条により所得税法から削除されたが、同時にこれに代る右措置法が制定されたから構成要件としては継続していると見られるのである。

したがって、本件事犯後の法律により、株式等の譲渡による所得については、税額が減少する上、税率の変更により更に税額が減少し、ひいて刑の変更(軽減)があったのであるから、行為時の罰則と裁判時の罰則との間に変更(軽減)があったことになり、そのいずれによるべきかという問題を生ずるから、これを解決するために設けられた刑法六条を適用しなければならない。

本件事犯につき、旧規定の罰則を適用するためには、従来の法改正の際規定されていた「刑罰の適用については従前の例による」旨の規定が必要である。

ところが、法一〇九号附則には二条、三条の規定のみしかないから、有罪判決をする以上刑法六条を適用して量刑すべきであるのに、これをしなかった原判決には、法令の解釈を誤り、ひいて憲法三一条(法定手続の保障)に違反する誤りがある。

五1 ところで、昭和七年四月一日の大審院判例(大審院刑事判例集一一巻一三号三一八頁)によると、織物消費税法違反被告事件に関する判決要旨として

「昭和六年法律第四十九号附則ニ基キ改正前ノ税率ニ依リ織物消費税ヲ基礎トシテ罰金額ヲ算定スヘキモノニシテ刑法第六条ヲ適用スヘキモノニ非ス」

なる要旨が掲げられている。

2 そして右判例集には参照法令として右昭和六年法律第四九号附則二項が抄記されているところ、それには「左ニ掲クル織物又ハ之ヲ以テ製造シタル物品ニ付テハ仍従前ノ例ニ依ル

一 本法施行前消費税ヲ課スヘカリシモノ(以下略ス)」

旨抄記されている。

3 右附則二項によると、従前の例に依るのは「本法施行前に消費税を課すべかりし織物又は之をもって製造したる物品」についてであると解される。

そうだとすると、改正前の規定が適用されるのは、広く織物などの物品に関するすべての規定、すなわち罰則も含むものであって、織物消費税のみではないことになるから、刑法六条を適用すべき場合に当たらないのは当然ということになる。

六1 一方、昭和六三年法一〇九号には、前記のとおり、附則三条において、有価証券(株式等)の譲渡に関し従前の例による旨規定されているのは、その所得についてのみであることが明示されている。

このことは改正に伴う経過措置の原則規定である同附則二条に「昭和六三年分以前の所得税については、なお従前の例による」とされているのと符合する。

2 戦後昭和二八年までの所得税改正に伴う附則の規定は不十分であったが、同二九年法五二号の改正の際から所得税額の変更を伴う法改正があった場合は、その都度附則の始めに経過規定の原則が規定されているところ、右経過規定はいずれも「所得税」について規定され、罰則の経過規定は附則の最後のあたりに規定されている。

(一) 例えば、昭和三八年法六六号による所得税法の改正の際はその第三条に

(経過規定の原則)との見出しの下に

「この附則において別段の定めがあるものを除くほか、改正後の所得税法(以下「新法」という。)の規定は、昭和三十八年分以後の所得税について適用し、昭和三十七年分以前の所得税については、なお従前の例による」

旨規定され

その第一二条に

(罰則に係る経過規定)との見出しの下に

「この法律の施行前にした行為及びこの附則の規定により従前の例によることとされる旧国民貯蓄組合法の規定に基づく貯蓄に係るこの法律の施行後にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による」

旨規定され、

(二) また、昭和五六年法五四号による所得税法の改正の際はその第二条に

(経過規定の原則)との見出しの下に

「この附則に別段の定めがあるものを除き、改正後の所得税法(以下「新法」という。)の規定は、昭和四十年分以後の所得税について適用し、昭和三十九年以前の所得税については、なお従前の規定による。」

旨規定され

その第三五条に

(罰則に関する経過措置)との見出しの下に

「施行日前にした行為及びこの規則の規定によりなお従前の例によることとされる所得税に係る同日以後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」

旨規定され、

(三) また、昭和六二年法九六号による所得税法の改正の際はその第二条に(所得税法の一部改正に伴う経過措置の原則)との見出しの下に

「この附則に定めがるものを除き、第二条の規定による改正後の所得税法(以下「新所得税法」という。)の規定は、昭和六十二年分以後の所得税について適用し、昭和六十一年分以前の所得税については、なお従前の例による。」

旨規定され

その第二八条に

(所得税法の一部改正に伴う罰則に関する経過措置)との見出しの下に

「第二条の規定の施行前にした行為及びこの附則の規定によりなお従前の例によることとされる所得税に係る同条の規定の施行後にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。」

旨規定されている。

(四) 従来、所得税法はもとより、各税法において、刑罰規定そのものに変更がない場合でも、税額に影響を及ぼす場合には、前記のとおり必ず「刑罰の適用については従前の例による」旨のいわゆる経過規定をおいていた。

右法一〇九号においても、罰則にかかる経過措置として、附則四五条において酒税法に関し、同五三条においてたばこ税(旧たばこ消費税)に関し、同第五六条において石油税に関し、同第五八条において取引税法に関し、同第六一条において印紙税に関し、同七七条三項において物品税に関し、同七八条三項において砂糖消費税に関し、同七九条二項において印紙税に関して、同様経過規定がおかれており、そのほか同八八条、同九七条、同一〇三条も同様である。

(五) しかるに、昭和六三年法一〇九号によって、税率の変更及び有価証券の譲渡に関する法の廃止、新設があり、右法改正に伴う所得、ひいて所得税額の減少にかかわらず、罰則の適用についての経過規定を欠いたのは立法者において、ことさら経過規定をおかず、刑法六条を適用すべき事案と判断したか、立法の不備と考えるほかはない。

第二 原判決は、その量刑重きに失し不当である。

一 被告人の本業の事業所得に全く脱税がなかったこと

被告人が脱税したのは、株式取引によって生ずる雑所得及びこれに関連する配当所得についてのみであって、被告人の本業であるゴルフ練習所やモータープール経営については、税法上何らの不正もなかったし、正直に申告していました。

これは、普通の税務調査と異なる査察という強制調査を受けて証明されたところであります。

したがって、事業所得の青色申告は取消もされませんでした。

事業所得については、脱税の金額の多寡はともかく、脱税が広く一般に行われている公知の事実からすれば、査察を受けても事業所得について全く脱税の事実がなかったということは特筆すべき事柄だと思料します。

二 株式等取引などに関する法律の改正、新設による税額の低下

前述のとおり、本件起訴対象年度中の株式等取引による売買益に対する税額は、法一〇九号による改正前の所得税法(以下「旧所得税法」という)九条一項一一号の規定が適用されるため多額にのぼりますが、改正後の規定によるときは被告人の脱税金額は驚くほと少額になります。

このような法令の改正は、犯罪後の情状の一として、量刑上重視されるべきこと当然です。(小野清一郎ほか三名共著、刑事訴訟法上(新版)五七六頁。最高裁判所昭和二五年五月四日判決、刑集四巻五号七五六頁参照)。

三 株式等売買益に対する法制の不備、不当

株式売買益に対する従来の税制や実務の扱いは、矛盾に満ち、不当なものでありました。

1 まず、何よりも不当なのは、株式売買で設ければ国は課税をして税金をとるが、損をしても納税者の勝手だとする制度です。

株式売買というものは実際恐ろしいものです。

これによって最終的に財をなした人は少ないが、資産家が家産を失った例は数知れずあります。

現に平成三年初めころまで株価は何年間も上昇を続けましたが、その後は暴落につぐ暴落で、株式取引で儲けた人は、その後の暴落で、あっと言う間に儲けた以上の損失を生じていることは最近の新聞報道等によって顕著な事実であります。

これでは、誰でも損をしたときの用意に、儲けたものは隠しておこうとするのが人情であります。

株式等取引による利益を自主的に申告したのは、昭和六一年度分で一八六件にすぎません。最近の検察庁の捜査において、副産物として、特に東京において株式取引による大口脱税が連続して発覚していますが、東京における証券市場の規模は関西と比較にならないほど大きく、発覚しつつある事案も氷山の一角に過ぎません。

我国経済の奇跡的発展に伴って、資本市場も飛躍的に拡大し、経済社会において株式等の売買は相当以前から非常に大きいウェートを占めてきています。

「証券統計年報」によりますと、我国の一九八九年の全株式取引所の売買代金総額は三八六兆三九五〇億四、二〇〇万円であるのに対し、「国際比較統計」によりますと、同年の実質国民生産(G.N.P.)は三四七兆六〇〇億円とほぼ同額であります。

このように株式等の売買が相当以前から社会生活において重要な位置を占めるようになっていて、株式取引では儲ける金額も大きい代りに、損するときの金額も大きいことは公知の事実となっていたのですから国としては、儲けたら税金をとるが損したら放っておくという態度をとるべきではなく、例えば事業所得などの青色申告制度のように、株式売買の損益についても青色申告制度を採用し、儲けた時には税金を納めさるとともに、損をした時には、損失の繰越や繰延べを認めるなど適切な措置を講ずるべきでありました。

事業所得などは、大体毎年同じような損益が発生するものであるのに、青色申告をしていれば損失の繰越や繰延べを認めて、損失を生じたときは前に納税した税金を返したり、次の年度で利益を出したときに、前の年度の損失を差引く配慮をしていたのですから、株式取引のように、利益が出たり損失が出たり、その変動が極めて激しいものについては、利益を生じたとき税金を納めさせるからには、事業所得などに対する以上に、損失を生じた場合の納税者の立場に配慮するのが当然でありましょう。

被告人はこの制度が適用される事業所得については、全く脱税をしておらず、被告人が捜査段階で主張しているように、被告人は損をすることもあるから儲けをとっておくということで株式取引の利益を申告しなかったでありますから、もし株式等の売買についても青色申告制度のような公平な制度がとられておれば、事業所得同様絶対に脱税はしなかったでありましょう。

2 株式売却による利益に対する課税も実は公平でありません。

例えばいくら巨額の利益をあげても課税されない新規公開株式の創業者利益というような金持ちの一部の者だけが正当な理由もないのに課税をされないでいた(現在は規模縮小)不公平な制度もあります。

3 税務の実務上も昭和六三年までは、右1のような事情もあってか、株式取引に対する調査はほとんど行われることはなかったのです。

財政再建や株価上昇により、税務当局は突如として株式取引についての調査を始めたもので、従来特別の話題になることでもなければ一般的に放置していた場合には、あらかじめ行政指導をして、それに従わないときは一定期間行政処分(本件では課税処分のみ)をした上で、なお不正行為があるときは刑事処分に踏み切るのが、行政の一般的処理でありますが、今回の当局の処理は、株式等売買による利益に対し、突如として調査を始めるや、行政処分等による警告期間をおくことなく、直ちに告発して刑事処分に付するという税務、検察当局の姿勢は酷に失し納得し難いものがあります。

四 被告人の犯行の動機、手段、方法

1 被告人が本件を思い立った理由の一は、千葉に支払わねばならないことになるであろう多額の地代相当損害金債務のためであって、単なる蓄財のためではなく、いわば切羽つまったための所為であり、一般の場合と異なる。

2 脱税の手段、方法

この種事案においては、発覚を免れるために巧妙な手段、方法を講ずることが多いが、本件においてはごく一部の取引に他人の名義を用いただけで、極めて単純な犯行であり、決して悪質と目すべきものではない。他人名義というのも娘幸田由起子と友人中山義雄名義を用いただけであり、事業関係については、査察調査の結果を刑事事件においては被告人らに争わせない旨弁護人が検察官に約束しているので、核心に触れ、事実関係を動かすことには触れないが、娘由起子については、検四四号被告人の質問てん末書四問において、ゴルフ神崎から月一〇〇万円の給与を支払い、年六〇〇万円の不動産賃借料を支払っている旨の供述がある(なお被告人の妻に対しても月五〇万円ないし六〇万円の専従者給与を支払っている旨の供述もある)。これらの金員はほとんどが株式取引資金に使われている(査察官は娘由起子の資金の流れをことさら調査していない)のであるから、娘由起子名義の取引を被告人の取引とすること自体に無理がある。中山名義についても、これを使用した理由について控訴審で立証する予定であるが、真に不正の意図に基づくものではない。

五 以上の諸事情を考慮すると、被告人に対する本件量刑は酷に失し不当であり、これを破棄すべきものと思料します。

以上

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